東京事務所八重洲口「東京駅」徒歩3

宇都宮事務所西口「宇都宮駅」徒歩5

大宮事務所東口「大宮駅」徒歩3

小山事務所東口「小山駅」徒歩1

裁判例: 上肢

交通事故
上肢
14級
因果関係

MRI検査の重要性 【後遺障害14級】

MRI検査の重要性~右肩腱版断裂(後遺障害14級)

福岡高裁 平成27年9月24日判決

事案の概要

X(原告:60歳女性)は,双方一時停止規制のない丁字路交差点を自転車に搭乗して直進進行中,左方道路から左折進入してきたY乗用車に衝突された。Xは本件事故により,頸椎捻挫,腰部打撲,右肩腱板断裂等の傷害を負い,自賠責保険では後遺障害等級14級が認定された。

<主な争点>
①本件事故と右肩腱板断裂の因果関係
②Xの被った損害額

<主張及び認定>

主張 認定
治療費関係 184万9349円 7万7161円
入院料 48万8499円 0円
通院交通費 11万8010円 2万0060円
入院雑費 20万2400円 0円
休業損害 306万6600円 0円
傷害慰謝料 143万3124円 100万0000円
逸失利益 100万8170円 100万8170円
後遺障害慰謝料 40万0000円 40万0000円
過失相殺 10%
損益相殺 190万9790円 195万0000円
弁護士費用 67万0000円 0円
合計 732万6362円 30万4851円

判断のポイント

事故によって生じた傷害に対する治療費や後遺障害逸失利益などの損害を請求するためには,その事故と傷害結果との間に「因果関係」が認められる必要があります。すなわち,その事故が原因でその傷害が生じてしまったことをこちらが立証しなければなりません。
そして,因果関係の有無は,被害車両の状態や医師の診断書などから,裁判所が客観的に判断します。

本件においてXは,右肩腱板断裂は本件事故によるものであると主張していましたが,裁判所は以下のように判示して,本件事故と右肩腱板断裂との因果関係を否定しました。

①中年以降になると腱板は退行変化を起こし,損傷しやすくなるため,肩腱板損傷は,40歳以上に起こりやすく,腱板に好発するとされているところ,Xは右肩関節脱臼当時62歳であり,腱板が断裂している。

②肩関節は,高く手を挙げる程度でも脱臼することがある上,肩の脱臼の合併症として,特に壮年から高齢者においては腱板断裂が挙げられており,また,肩腱板の断裂や損傷は,高齢者ならば通常の生活をしても起こることがあるところ,A医師は,Xに肩関節の脱臼とともに腱板の断裂が起きた可能性はあり,これを否定する根拠はない旨供述している。

③他方,腱板の状態を判断するためにはMRI検査が不可欠であり,A病院にはMRI検査機械が備え付けられていたので,必要があればMRI検査を実施することは容易であったが,B医師は,Xを本件事故直後及びその後約3か月間診察している間に,肩関節自動挙上不能や挙上時の脱力,筋力低下等の腱板断裂・損傷を疑うような主訴や症状等がなかったことから,同検査をする必要性がないものと判断して,検査を実施しなかった。

④腱板の状態を検査するMRI検査が肩脱臼後まで実施されていないため,本件事故当時の腱板の状況を明らかにする客観的資料はない。

以上の事実を総合考慮すれば,Xの右肩腱板断裂や損傷が,本件事故によって生じたものとは認められない。

また,Xの治療費の範囲については,
「本件事故により,頸椎捻挫,腰部・臀部打撲の傷害を負い,連日のようにA病院を受診してリハビリを受けていたところ,右肩脱臼が判明した日までの治療費等は,すべて相当因果関係の範囲内の損害と認めるが,それ以降の通院及び入院治療は,本件事故と相当因果関係が認められない右肩脱臼,腱板断裂に対するものであるから,相当因果関係がない」としました。

コメント

本件では,Xの右肩腱板断裂は,本件交通事故によるものとは客観的に認められないとして因果関係を否定しています。そして,本件において重要なのは上記③,④の記載です。
この裁判例は,「腱板の状態を判断するためにはMRI検査が不可欠」であると述べています。MRI検査(他の検査についても同様のことが言えます)が,事故があった日に近ければ近いほど,判明した傷害が事故によって生じたものと立証しやすくなります。しかし,本件では,本人からの訴えや明確な症状がなかったため,早い段階でのMRI検査がなされませんでした。
上記でも述べましたが,傷害結果が生じたことはその事故が原因であるということを,被害車両の状態や医師の診断書などからこちらが立証し,それを裁判所が客観的に判断することになります。
そして,本件事故当時,腱板がどのような状態であったかを判断する客観的な資料がなく,さらには,高齢者においては,通常の生活をしていても,関節の脱臼や腱板の断裂が起こることがあるという認定をしたことで,他の原因によって生じた可能性があると判断されてしまいました。
このように,傷害が事故によって生じたと言うためには,客観的な資料が必要となります。本件でも,事故直後にMRI検査を受けていれば違う結果となったかもしれません。しかし,事故直後に適切な対応をすることは,なかなかできるものではありません。適切な賠償額を得るためにも,医者だけではなく,通院や治療方法についても弁護士にぜひ相談してください。

閉じる
交通事故
上肢
14級

肩の可動域制限が認められなかった裁判例【後遺障害14級9号】

肩の可動域制限が認められなかった裁判例(後遺障害14級9号)

~肩が回らなくてもゴルフはできる?~(名古屋地判平成28年3月16日)

事案の概要

47歳の主婦であるXが、交差点を自転車で進行中、右側交差道路から進入してきたY運転の乗用車に出合い頭に衝突され、左上腕骨骨幹部骨折の傷害を負ったため、XがYに対し、損害賠償を求めた事案。
Xに残存した症状は、左肩関節機能に障害を残したものとして、損害保険料率算出機構(損保料率機構)より後遺障害等級10級10号が認定されていた。

<主な争点>
①Xに残存した症状が後遺障害に該当するか、該当するとすればどの程度か
②Xの労働能力の喪失はどの程度か

<主張及び認定>

主張 認定
治療費(既払金) 197万8098円 197万8098円
入院雑費 8108円 8108円
通院交通費 4万3000円 0円
文書料 3150円 3150円
旅行キャンセル代 13万4800円 13万4800円
休業損害 163万2624円 63万9936円
逸失利益 1157万4624円 136万6470円
入通院慰謝料 114万9333円 114万9333円
後遺障害慰謝料 550万0000円 120万0000円
弁護士費用 134万0733円 0円

※ただし、Xの過失割合20%分が控除され、また、自賠責保険から、裁判所が認定した金額より多い額である後遺障害等級10級10号の保険金461万円がすでに支払われていたため、Yに請求できる金額はないとしてXの請求は棄却されました。

判断のポイント

①後遺障害の有無・程度

本件では、訴訟提起以前に、Xが左上腕骨骨幹部骨折によって残存した左肩の可動域制限について、損保料率機構から後遺障害等級10級10号に該当するとの判断を受けていたため、Xはそれを前提に、Yに対して損害賠償請求訴訟を提起しましたが、Xの後遺障害について裁判所は後遺障害の程度としては、左肩の動作時痛について14級9号(局部に神経症状を残すもの)のみを認定し、可動域制限については、より下位の等級も含めて後遺障害とは認めませんでした。
本件訴訟において、Y側は、Xの後遺障害診断書作成以前の治療期間中に、Xがゴルフの練習でフィニッシュまでするようなスイングを行っていた事実を指摘し、後遺障害等級10級10号の認定基準となる肩の可動域の数値よりも広い可動域まで回復していたとして、Xには認定基準をみたす可動域制限は認められず、後遺障害は存在しない、と主張しました。そして裁判所も、Y側のこの主張を認め、また、後遺障害診断書の作成以前にXの通院先の病院で測定された可動域の数値では、かなり回復していたにもかかわらず、後遺障害診断書上の数値は、明らかにそれを下回る数値が記載されていたため、後遺障害診断書の記載の測定値は不自然なものであるとして、その測定値及びそれに基づく後遺障害認定は採用できないと判断し、Xの左肩の可動域制限を後遺障害として認めなかったのです。
損保料率機構の審査は、請求者より提出された資料のみから認定判断がなされ、提出されていない資料や把握できない事情は考慮されないため、その審査には限界があるといえるでしょう。それに対して裁判では、後遺障害等級の認定において、後遺障害診断書の記載が重視されるのは事実ですが、それだけでは測りきれない事情も含めて総合考慮されて、適切な後遺障害等級が認定されることとなるので、損保料率機構の認定結果と異なる判断がなされることもあるのです。
損保料率機構で後遺障害が認定された場合、通常であれば、相手(の保険会社)は、示談交渉でもその結果に従って後遺障害慰謝料や逸失利益の支払に応じることがほとんどですが、なかには本件のように、認定された後遺障害の有無や程度を裁判まで争ってくることもあります。
本件では、うかつにも(?)Xが治療期間中にゴルフの練習をしていたことが露見して、そのことに疑問をもったY側が、可動域制限を認めずに争ったというような事情があったのかもしれませんね。

②労働能力喪失の程度

本件訴訟では、Xの可動域制限は認められませんでしたが、後遺障害等級14級9号は認定されたため、後遺障害に関する損害として、後遺障害慰謝料及び逸失利益が損害として認められ、後遺障害としての動作時痛によるXの労働能力の喪失期間を10年と判断しました。
後遺障害とは、交通事故による受傷で生じた症状が、将来においても回復の見込めない状態になったものであり、その意味内容からすると、後遺障害によって労働が制限される期間(労働能力喪失期間)は生涯に渡って続くとも思われます。もっとも、後遺障害の種類によっては、必ずしも労働がずっと制限されるものとは考えにくいものもあり、たとえばむち打ちによる神経症状は、時間が経つにつれて馴れてきて、支障が軽減、あるいは生じなくなると考えられているため、裁判では、労働能力喪失期間は、14級9号では5年、12級13号では10年とされている例が多く見られます。ただし、一律に5年あるいは10年とされているわけではなく、具体的症状に応じて、それ以上の期間が認められる場合もあります。
本件でXに認められた後遺障害も14級9号ですが、Xの場合、左肩の動作時痛が、骨折という明らかに重い怪我に起因するものであることが考慮されて、むち打ちの場合よりも長い10年という労働能力喪失期間が認められたのです。

①のように、損保料率機構で後遺障害等級が認定されたからといって、必ずしも裁判でも同様の認定がされるとは限りません。本当に後遺障害がないのに認定されるということであれば問題ですが、実際に認定どおりの後遺障害が生じているにもかかわらず、それが裁判では覆されてしまって適切な賠償を受けられないこともありえなくはないのです。そのような事態をできる限り避けるためには、交通事故に精通した弁護士に依頼することが重要といえます。当事務所では、多数の交通事故案件を取り扱っている弁護士がおりますので、まずはお気軽にご相談ください。

閉じる
交通事故
上肢
10級
逸失利益

労働能力喪失の有無【後遺障害10級10号】

上肢可動域制限の裁判例(後遺障害10級10号)

~労働能力喪失の有無~(大阪地判平成21年7月28日)

事案の概要

X(34歳、宅配作業員)の運転する自動二輪車が道路左端を走行中、同方向に走行していたYの運転する普通貨物自動車が路外ガソリンスタンドへ入るために左折した結果、両車両が衝突。
Xは、右手舟状骨骨折、右膝外側半月板損傷の傷害を負い、自賠責保険会社から後遺障害等級10級10号に該当する旨の認定を受け、賠償請求に及んだ。

<主な争点>
①Xの残存症状は後遺障害等級何級相当か?
②Xには逸失利益がどの程度認められるか?

<主張及び認定>

主張 認定
治療関係費 7万3486円 28万1798円
通院交通費 2万2280円 2万2280円
休業損害 8万4495円 8万4495円
通院慰謝料 150万0000円 150万0000円
逸失利益 3163万6902円 3163万7891円
後遺障害慰謝料 550万0000円 530万0000円
過失相殺 5%
損害の填補 ▲570万4098円
弁護士費用 310万0000円
合計 3428万0103円

判断のポイント

①後遺障害等級認定

本件では、Xの右手の可動域制限について訴訟提起前に「1上肢の3大関節の中の1関節の機能に著しい障害を残すもの」として後遺障害10級10号が認められていました。
この後遺障害は、手首、肘、肩のうちの一箇所が、健康な方の腕と比べて3分の1までしか曲がらないというものです。
しかし問題となったのは、通院先病院のカルテに、右手の可動域の測定結果が記載されていなかったことです。これをもって、Y側は、後遺障害診断書の記載は症状固定時のものではないと反論したのです。
裁判所は、確かにカルテには記載はないものの、通常後遺障害診断書に記載されているのは症状固定時点の測定結果だと推定できるとし、さらに医療記録の中にも測定結果として記載があることから、可動域制限の事実を認めました。
このことから、やはり裁判所は、後遺障害診断書にどのように記載されているかをかなり重要視していることが分かります。

②逸失利益

本件では、Xが症状固定後も、事故以前と同じ職場で同様に勤務し、実際の減収は生じていないことから、逸失利益が発生するのか、発生するとしてもどの程度なのかも問題となりました。
逸失利益とは、後遺障害が残存することによって労働に支障が出る結果、労働の対価である収入にも影響(減収)が生じるだろうという発想のもとに認められるものです。ですから、後遺障害が残存していても、労働には支障がなかったり、収入に影響しなかったりする場合には逸失利益は発生しないともいえます。
この点本件では、Xの職業が宅配便の集配作業であり、重量が500キログラム近くになる運搬用の箱を押して移動したり、台車を押したりするなど、手を使う作業が多くあり、利き手である右手首が十分に曲がらないために非常に苦労しているとし、そのような後遺障害がありながら、自らの努力で仕事の効率を低下させないようにしていることも認められるとし、労働能力喪失率を27パーセント、喪失期間を67歳までの33年間として、逸失利益を認めました。
この判断は、とても重要です。
障害が残ってしまったが、何とかこれまでと同じように稼動しようと努力をした者には逸失利益が認められず、漫然と支障を来たしたものにだけ補償が与えられるとなっては、不平等です。裁判所に対して、実際の仕事内容、後遺障害が仕事に与えうる支障、被害者の苦労や努力を具体的に主張していき、逸失利益を認めさせることが大切になります。

コメント

本件は、請求額とほぼ同額が認定されている、珍しい裁判例です。
判決は大分簡略化されているため詳細は不明ですが、当初から金額についてはそこまで大きな争いはなかったのかもしれません(実際は上記争点の他に、事故態様が大きな争点となっていました。)
もっとも、「カルテに記載がない」や「減収が生じていない」という反論は、事前に把握をしていないと一瞬ドキリとするものです。これらの反論に対して、適切な証拠を用いて、きちんとした対応をしていかなければ、後遺障害が認められなかったり、逸失利益がゼロになったりする可能性もあります。
自身に有利な証拠、不利な証拠を見極めたうえで、適切な対処を心がける必要があるといえるでしょう。

閉じる
交通事故
上肢
10級
逸失利益

労働能力喪失の有無【後遺障害10級10号】

上肢可動域制限の裁判例(後遺障害10級10号)

~労働能力喪失の有無~(大阪地判平成21年7月28日)

事案の概要

X(34歳、宅配作業員)の運転する自動二輪車が道路左端を走行中、同方向に走行していたYの運転する普通貨物自動車が路外ガソリンスタンドへ入るために左折した結果、両車両が衝突。
Xは、右手舟状骨骨折、右膝外側半月板損傷の傷害を負い、自賠責保険会社から後遺障害等級10級10号に該当する旨の認定を受け、賠償請求に及んだ。

<主な争点>
①Xの残存症状は後遺障害等級何級相当か?
②Xには逸失利益がどの程度認められるか?

<主張及び認定>

主張 認定
治療関係費 7万3486円 28万1798円
通院交通費 2万2280円 2万2280円
休業損害 8万4495円 8万4495円
通院慰謝料 150万0000円 150万0000円
逸失利益 3163万6902円 3163万7891円
後遺障害慰謝料 550万0000円 530万0000円
過失相殺 5%
損害の填補 ▲570万4098円
弁護士費用 310万0000円
合計 3428万0103円

判断のポイント

①後遺障害等級認定

本件では、Xの右手の可動域制限について訴訟提起前に「1上肢の3大関節の中の1関節の機能に著しい障害を残すもの」として後遺障害10級10号が認められていました。
この後遺障害は、手首、肘、肩のうちの一箇所が、健康な方の腕と比べて3分の1までしか曲がらないというものです。
しかし問題となったのは、通院先病院のカルテに、右手の可動域の測定結果が記載されていなかったことです。これをもって、Y側は、後遺障害診断書の記載は症状固定時のものではないと反論したのです。
裁判所は、確かにカルテには記載はないものの、通常後遺障害診断書に記載されているのは症状固定時点の測定結果だと推定できるとし、さらに医療記録の中にも測定結果として記載があることから、可動域制限の事実を認めました。
このことから、やはり裁判所は、後遺障害診断書にどのように記載されているかをかなり重要視していることが分かります。

②逸失利益

本件では、Xが症状固定後も、事故以前と同じ職場で同様に勤務し、実際の減収は生じていないことから、逸失利益が発生するのか、発生するとしてもどの程度なのかも問題となりました。
逸失利益とは、後遺障害が残存することによって労働に支障が出る結果、労働の対価である収入にも影響(減収)が生じるだろうという発想のもとに認められるものです。ですから、後遺障害が残存していても、労働には支障がなかったり、収入に影響しなかったりする場合には逸失利益は発生しないともいえます。
この点本件では、Xの職業が宅配便の集配作業であり、重量が500キログラム近くになる運搬用の箱を押して移動したり、台車を押したりするなど、手を使う作業が多くあり、利き手である右手首が十分に曲がらないために非常に苦労しているとし、そのような後遺障害がありながら、自らの努力で仕事の効率を低下させないようにしていることも認められるとし、労働能力喪失率を27パーセント、喪失期間を67歳までの33年間として、逸失利益を認めました。
この判断は、とても重要です。
障害が残ってしまったが、何とかこれまでと同じように稼動しようと努力をした者には逸失利益が認められず、漫然と支障を来たしたものにだけ補償が与えられるとなっては、不平等です。裁判所に対して、実際の仕事内容、後遺障害が仕事に与えうる支障、被害者の苦労や努力を具体的に主張していき、逸失利益を認めさせることが大切になります。

コメント

本件は、請求額とほぼ同額が認定されている、珍しい裁判例です。
判決は大分簡略化されているため詳細は不明ですが、当初から金額についてはそこまで大きな争いはなかったのかもしれません(実際は上記争点の他に、事故態様が大きな争点となっていました。)
もっとも、「カルテに記載がない」や「減収が生じていない」という反論は、事前に把握をしていないと一瞬ドキリとするものです。これらの反論に対して、適切な証拠を用いて、きちんとした対応をしていかなければ、後遺障害が認められなかったり、逸失利益がゼロになったりする可能性もあります。
自身に有利な証拠、不利な証拠を見極めたうえで、適切な対処を心がける必要があるといえるでしょう。

閉じる
交通事故
上肢
顔(目・耳・鼻・口)
9級
併合
逸失利益

第1事故の症状固定後に第2事故で死亡した被害者の逸失利益に関する裁判例

第1事故の症状固定後に第2事故で死亡した被害者の逸失利益に関する裁判例

(横浜地裁平成30年9月27日判決)

<事案の概要>

横断歩道を青信号で自転車に乗車して横断していたAが、赤信号を無視したY運転の自動二輪車に衝突され(本件事故)、右小指深指屈筋腱断裂、右眼窩底骨折、右頬骨骨折等の障害を負い、約11か月の入通院治療後に症状固定となり、自賠責保険から後遺障害10級1号(右眼資力低下)、13級6号(右小指機能障害)、14級9号(右頬部、口唇、口腔内のしびれ)に該当するとして、併合9級が認定された。
Aは症状固定日の3日後に、別件事故で死亡し、Aの遺族であるX1、X2及びX3は、別件事故の加害者に対し、損害賠償請求訴訟を提起し、一部認容判決を受けた。同判決において、Aは死亡による労働能力喪失率が100%で逸失利益が認定された。
その後、Xらは、本件事故に関し、Yに対して損害賠償請求訴訟を提起した。

<争点>
第2事故の訴訟で逸失利益に関して労働能力喪失率100%で損害認定を受けたことが、第1事故での逸失利益算定に影響を与えるか否か

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 ※1
文書料 5万3812円 5万3812円
器具装具代 2万0331円 2万0331円
入院雑費 4万0500円 4万0500円
通院交通費 3510円 3510円
入院付添費 17万5500円 0円
休業損害 48万2909円 48万2909円
入通院慰謝料 180万0000円 175万0000円
逸失利益 2342万0639円 1338万3222円
後遺障害慰謝料 690万0000円 690万0000円
小計 9万0673円 1万8113円
弁護士費用 330万0000円 210万0000円
合計 3628万7874円 ※2 2319万7714円

※1 労災保険利用のため、治療費は損害として計上されず。
※2 受領済みの自賠責保険金から、受領日までの遅延損害金を差し引いた金額を控除した金額

1 後遺障害を負った被害者が死亡した場合の逸失利益の算定について

被害者が事故による受傷後、後遺障害が生じた場合に認められる逸失利益は、労働能力の喪失により、将来得られるべき利益を得られなくなった損害として認められるものです。そのため、後遺障害を負った被害者が、賠償上、逸失利益の金額が確定する前に別の原因で死亡してしまった場合、そもそも逸失利益を算定するに当たっての労働能力喪失期間は、死亡時までのものに限定されるのではないか、という問題が生じます。
しかし、この点に関しては、最高裁平成8年4月25日判決で、交通事故の時点で、被害者に死亡する原因となる具体的な事由が存在し、近い将来、死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、死亡によって、逸失利益の算定の基礎となる労働能力の喪失期間は左右されないという判断を示しました。
したがって、賠償実務上も、上記の最高裁判例にならい、原則として、被害者が死亡した場合でも、逸失利益は死亡後の労働能力喪失期間も含めて計算されることになります。

2 本件の問題点

(1) 本件も、本件事故で後遺障害を負った被害者Aが、その賠償金額が確定する前に別件事故で死亡した事案なので、上記の最高裁判例に従えば、認定された後遺障害等級を前提に、逸失利益が算定されることになるのが原則です。
しかし、本件では、特殊な点として、別件事故の訴訟で、Aの死亡による労働能力喪失率を100%として、逸失利益が認定されたという事情がありました。
(2) この事情によって生じる問題として、別件事故によって、すでに死亡後の労働能力喪失期間に対応する逸失利益が認められている以上、本件事故でも同じ期間分の逸失利益を認めることは、いわば逸失利益の二重取りになるのではないか、という点があります。
(3) また、本件事故でのXらの後遺障害による逸失利益が認められるとの主張を前提とすると、別件事故の時点で、Aはすでに本件事故によって労働能力が一部喪失していたとして、それを前提に、逸失利益が算定されるべきとも考えられます。
しかし、Xらは別件事故の訴訟において、別件事故の当時、Aが完全な労働能力を有していたことを前提として、逸失利益を請求し、100%の労働能力喪失率が認められたので、果たして本件事故で、後遺障害による労働能力の喪失を主張することが、別件事故でのXらの主張と矛盾するものとして許されないのではないか(信義則に反しないか)、という点も問題となります。
そして、実際にY側は、上記の点を主張して、Aの逸失利益を争いました。

3 裁判所の判断

(1) 裁判所は、まず、上記の最高裁平成8年判決を引用し、本件では、同判決の示すような特段の事情は存在しないため、別件事故での死亡の事実を労働能力喪失期間の認定において考慮すべきではない、としました。
そのうえで、逸失利益の二重取りにならないかという点については、別件事故の訴訟での主張立証の結果、100%の労働能力喪失率で逸失利益が認定されたからといって、Yが本来負うべき賠償義務を免れるのは相当ではなく、二重取りの問題については、Xらと別件事故の加害者との間で解決すべき問題であるとしました。
(2) また、Xらの主張が信義則違反に当たらないかという点についても、別件事故の訴訟当時は、本件事故によるAの労働能力喪失の有無及び程度については明らかでなく、後遺障害等級認定もされていなかったから、Xらが別件事故の訴訟で本件事故によるAの労働能力喪失を主張しなかったとしても、信義則違反には当たらないとしました。
(3) そして、結論として、別件事故の訴訟において、100%の労働能力喪失を前提とする損害認定を受けたことは、本件事故における後遺障害逸失利益の算定に影響を与えず、逸失利益は認められる、と判断しました。

4 コメント

本件の判決は、最高裁平成8年判決の判断に従って、Aの後遺障害逸失利益を認めたものですが、別件事故の訴訟で認められた逸失利益と、本件事故による逸失利益の両方を認めることについては、それが二重取りであることを否定しているわけではありません。
実際、Aの死亡後の労働能力喪失期間中の逸失利益は、別件事故の訴訟で認められているわけですから、さらに後遺障害逸失利益まで認められるというのは、違和感はあります。
しかし、判決も示しているとおり、最高裁平成8年判決に従えば、本来、YがAの後遺障害逸失利益については、Aの死亡後の分もその責任を負うべきものであり、別件事故での死亡逸失利益が認められたからといって、その責任を免れるというのは、相当ではないといえます。
本来は、別件事故の訴訟において、本件事故でAに生じた後遺障害による労働能力喪失を前提として死亡逸失利益が算定されるべきであったともいえますが、必ずしも先に起こった事故について、先に解決しなければいけない、という法律もないため、この点は、やむを得ないことといえるでしょう。

逸失利益は、不確定要素の大きい将来の損害であるため、その算定に当たっては、様々な問題が生じ、当事者間で激しく争われる損害の1つです。そのため、適切な賠償を受けるためには、逸失利益に関する正確な知識や、それに基づく的確な主張が必要不可欠です。適正な賠償を受けられるようにするためにも、まずは弁護士にご相談ください。

閉じる