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後遺障害逸失利益の定期金賠償を認めた裁判例【後遺障害3級3号】

後遺障害逸失利益の定期金賠償を認めた裁判例

【後遺障害3級3号】(札幌高裁平成30年6月29日判決)

<事案の概要>

4歳の男児X1が、市道を歩行横断中、Yの運転する大型貨物車に衝突され、脳挫傷、びまん性軸索損傷等の傷害を負い、症状固定後も残存した高次脳機能障害につき、後遺障害等級3級3号が認定された。その後、X1とその両親X2及びX3は、Yに対して、将来介護費と後遺障害逸失利益については定期金賠償を求める形で、損害賠償請求訴訟を提起した。

<主な争点>
後遺障害の逸失利益の支払方法について、定期金賠償が認められるか

1 本事案の経過

(1) 当事者の主張と第一審判決
本件では、X1が3級3号という重度の高次脳機能障害により、将来において単独で日常生活を送ることは到底不可能であるとして、将来介護費の定期金賠償を求めました。
また、本件事故によって労働能力が100%喪失したとして、男子学歴計全年齢の平均賃金を基礎収入として、18歳から67歳までの49年間にわたり、月1回の定期金賠償を命じる判決を求めました。
これに対しては、Yが、定期金賠償を求めている点を含め、逸失利益自体を争ったところ、第一審である札幌地裁(平成29年6月23日判決)は、判決において、X1の高次脳機能障害について、将来において完全に自立した生活を送ることができる見込みがないと認定したうえで、X1は本件事故により労働能力を完全に喪失したと認めました。
そしてそのうえで、逸失利益の定期金賠償の可否についても、X側が求めるとおりの算定方法により計算した金額の月1回の定期金賠償を認める判断を行いました。

(2) 控訴審判決
控訴審判決も、第一審判決同様に、後遺障害逸失利益の定期金賠償を認めました。
同判決は、その理由として、

①実務上定期金賠償が一般的に認められている将来介護費と比較した場合、事故発生時にその損害が一定の内容のものとして発生しているという点や、将来の時間的経過によって請求権が具体化するという点で、後遺障害逸失利益も共通していること

②定期金賠償を命じた確定判決の変更を求める訴えについて規定する民訴法117条も、後遺障害逸失利益について、定期金賠償が命じられる可能性があることを前提にしていること

③本件におけるX1の後遺障害逸失利益については、将来の事情変更の可能性が比較的高いものと考えられること

④被害者側が定期金賠償によることを強く求めていること

⑤④が、後遺障害や賃金水準の変化への対応可能性といった定期金賠償の特質を踏まえた正当な理由によるものであること

⑥将来介護費について長期の定期金賠償が認められている以上、本件において後遺障害逸失利益について定期金賠償を認めても、Y側の損害賠償債務の支払管理等において特に過重な負担にはならないと考えられること

を挙げました。

2 コメント

(1) 定期金賠償
定期金賠償とは、交通事故によって発生した損害の賠償方法のひとつで、その損害を一括ではなく分割して、将来にわたって定期的に賠償をする方法です。 定期金賠償は、損害の性質上、交通事故の場合に多くみられる一括払いの方法(一時金賠償)では不都合が生じると考えられる場合に用いられる方法で、たとえば、本件でも認められているように、一生涯にわたって他者による介護を要するような重度の障害を負ってしまった場合の将来介護費などは、現実にいつまで必要となるかが分からないので、「被害者が死亡するまで」、という不確定期間の定期金で支払が行われることが多いです。 定期金賠償については、色々なメリット・デメリットがあるのですが、この点についてもう少し詳細が知りたいという方は、当サイトの「定期金賠償について」のコラムをご覧ください。
(2) 本件について
本件では、第一審判決、控訴審判決のいずれも、後遺障害逸失利益の定期金賠償を認めました。
将来介護費については、定期金賠償での請求方法が確立されているため、これを請求する場合、そのほとんどが定期金賠償の方法で行われていますが、これに対して、後遺障害逸失利益については、基本的に一時金賠償で請求されているため、後遺障害逸失利益の定期金賠償の可否について問題になることはありませんでした。
もっとも、上記①で指摘されているように、後遺障害逸失利益も、将来介護費と同様に、事故の時点で一定の内容として発生し、将来において具体化する損害という点で共通していますので、本来は、一時金賠償よりも定期金賠償になじむものといえます。
それにもかかわらず、後遺障害逸失利益については一時金賠償で請求されることが多いのは、第一審判決で指摘されている、適切な金額の算定が可能であり、多くの場合、被害者側が一時金による賠償を望んでいるから、という理由に尽きます。そのため、被害者側が望み、また、定期金賠償によることが相当といえる場合には、定期金賠償を認めても何ら問題ないと考えられます。

そして、定期金賠償の方法が相当かどうか、という点について、控訴審判決は、上記③~⑥の事情を総合的に考慮して、これを認めたのです。
一時金賠償は、短期間にまとまった金額が得られるという意味でのメリットは大きいものの、中間利息控除によって、定期金賠償よりも得られる総額が少なくなる可能性があるというデメリットもあるため、どちらの方法も選択できるというのは、被害者にとって望ましいことといえるでしょう。
本事案は、後遺障害逸失利益についても定期金賠償が可能であるということを明確にしたという点で、大きな意義があるものといえます。

損害賠償の請求において、どのような方法をとることができるのか、そして、被害者の方にとってどの方法が一番望ましいか、具体的な事情に応じてそれを提案するのも、弁護士の役割であるといえます。交通事故でお困りの方は、当事務所にご相談ください。

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交通事故
上肢
顔(目・耳・鼻・口)
9級
併合
逸失利益

第1事故の症状固定後に第2事故で死亡した被害者の逸失利益に関する裁判例

第1事故の症状固定後に第2事故で死亡した被害者の逸失利益に関する裁判例

(横浜地裁平成30年9月27日判決)

<事案の概要>

横断歩道を青信号で自転車に乗車して横断していたAが、赤信号を無視したY運転の自動二輪車に衝突され(本件事故)、右小指深指屈筋腱断裂、右眼窩底骨折、右頬骨骨折等の障害を負い、約11か月の入通院治療後に症状固定となり、自賠責保険から後遺障害10級1号(右眼資力低下)、13級6号(右小指機能障害)、14級9号(右頬部、口唇、口腔内のしびれ)に該当するとして、併合9級が認定された。
Aは症状固定日の3日後に、別件事故で死亡し、Aの遺族であるX1、X2及びX3は、別件事故の加害者に対し、損害賠償請求訴訟を提起し、一部認容判決を受けた。同判決において、Aは死亡による労働能力喪失率が100%で逸失利益が認定された。
その後、Xらは、本件事故に関し、Yに対して損害賠償請求訴訟を提起した。

<争点>
第2事故の訴訟で逸失利益に関して労働能力喪失率100%で損害認定を受けたことが、第1事故での逸失利益算定に影響を与えるか否か

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 ※1
文書料 5万3812円 5万3812円
器具装具代 2万0331円 2万0331円
入院雑費 4万0500円 4万0500円
通院交通費 3510円 3510円
入院付添費 17万5500円 0円
休業損害 48万2909円 48万2909円
入通院慰謝料 180万0000円 175万0000円
逸失利益 2342万0639円 1338万3222円
後遺障害慰謝料 690万0000円 690万0000円
小計 9万0673円 1万8113円
弁護士費用 330万0000円 210万0000円
合計 3628万7874円 ※2 2319万7714円

※1 労災保険利用のため、治療費は損害として計上されず。
※2 受領済みの自賠責保険金から、受領日までの遅延損害金を差し引いた金額を控除した金額

1 後遺障害を負った被害者が死亡した場合の逸失利益の算定について

被害者が事故による受傷後、後遺障害が生じた場合に認められる逸失利益は、労働能力の喪失により、将来得られるべき利益を得られなくなった損害として認められるものです。そのため、後遺障害を負った被害者が、賠償上、逸失利益の金額が確定する前に別の原因で死亡してしまった場合、そもそも逸失利益を算定するに当たっての労働能力喪失期間は、死亡時までのものに限定されるのではないか、という問題が生じます。
しかし、この点に関しては、最高裁平成8年4月25日判決で、交通事故の時点で、被害者に死亡する原因となる具体的な事由が存在し、近い将来、死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、死亡によって、逸失利益の算定の基礎となる労働能力の喪失期間は左右されないという判断を示しました。
したがって、賠償実務上も、上記の最高裁判例にならい、原則として、被害者が死亡した場合でも、逸失利益は死亡後の労働能力喪失期間も含めて計算されることになります。

2 本件の問題点

(1) 本件も、本件事故で後遺障害を負った被害者Aが、その賠償金額が確定する前に別件事故で死亡した事案なので、上記の最高裁判例に従えば、認定された後遺障害等級を前提に、逸失利益が算定されることになるのが原則です。
しかし、本件では、特殊な点として、別件事故の訴訟で、Aの死亡による労働能力喪失率を100%として、逸失利益が認定されたという事情がありました。
(2) この事情によって生じる問題として、別件事故によって、すでに死亡後の労働能力喪失期間に対応する逸失利益が認められている以上、本件事故でも同じ期間分の逸失利益を認めることは、いわば逸失利益の二重取りになるのではないか、という点があります。
(3) また、本件事故でのXらの後遺障害による逸失利益が認められるとの主張を前提とすると、別件事故の時点で、Aはすでに本件事故によって労働能力が一部喪失していたとして、それを前提に、逸失利益が算定されるべきとも考えられます。
しかし、Xらは別件事故の訴訟において、別件事故の当時、Aが完全な労働能力を有していたことを前提として、逸失利益を請求し、100%の労働能力喪失率が認められたので、果たして本件事故で、後遺障害による労働能力の喪失を主張することが、別件事故でのXらの主張と矛盾するものとして許されないのではないか(信義則に反しないか)、という点も問題となります。
そして、実際にY側は、上記の点を主張して、Aの逸失利益を争いました。

3 裁判所の判断

(1) 裁判所は、まず、上記の最高裁平成8年判決を引用し、本件では、同判決の示すような特段の事情は存在しないため、別件事故での死亡の事実を労働能力喪失期間の認定において考慮すべきではない、としました。
そのうえで、逸失利益の二重取りにならないかという点については、別件事故の訴訟での主張立証の結果、100%の労働能力喪失率で逸失利益が認定されたからといって、Yが本来負うべき賠償義務を免れるのは相当ではなく、二重取りの問題については、Xらと別件事故の加害者との間で解決すべき問題であるとしました。
(2) また、Xらの主張が信義則違反に当たらないかという点についても、別件事故の訴訟当時は、本件事故によるAの労働能力喪失の有無及び程度については明らかでなく、後遺障害等級認定もされていなかったから、Xらが別件事故の訴訟で本件事故によるAの労働能力喪失を主張しなかったとしても、信義則違反には当たらないとしました。
(3) そして、結論として、別件事故の訴訟において、100%の労働能力喪失を前提とする損害認定を受けたことは、本件事故における後遺障害逸失利益の算定に影響を与えず、逸失利益は認められる、と判断しました。

4 コメント

本件の判決は、最高裁平成8年判決の判断に従って、Aの後遺障害逸失利益を認めたものですが、別件事故の訴訟で認められた逸失利益と、本件事故による逸失利益の両方を認めることについては、それが二重取りであることを否定しているわけではありません。
実際、Aの死亡後の労働能力喪失期間中の逸失利益は、別件事故の訴訟で認められているわけですから、さらに後遺障害逸失利益まで認められるというのは、違和感はあります。
しかし、判決も示しているとおり、最高裁平成8年判決に従えば、本来、YがAの後遺障害逸失利益については、Aの死亡後の分もその責任を負うべきものであり、別件事故での死亡逸失利益が認められたからといって、その責任を免れるというのは、相当ではないといえます。
本来は、別件事故の訴訟において、本件事故でAに生じた後遺障害による労働能力喪失を前提として死亡逸失利益が算定されるべきであったともいえますが、必ずしも先に起こった事故について、先に解決しなければいけない、という法律もないため、この点は、やむを得ないことといえるでしょう。

逸失利益は、不確定要素の大きい将来の損害であるため、その算定に当たっては、様々な問題が生じ、当事者間で激しく争われる損害の1つです。そのため、適切な賠償を受けるためには、逸失利益に関する正確な知識や、それに基づく的確な主張が必要不可欠です。適正な賠償を受けられるようにするためにも、まずは弁護士にご相談ください。

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交通事故
顔(目・耳・鼻・口)
9級
因果関係
既往症

既存障害のある被害者の損害に関する事例【後遺障害9級相当】

既存障害のある被害者の損害に関する事例【後遺障害9級相当】

(名古屋地裁平成22年5月14日判決)

<事案の概要>

高速道路上で普通貨物車を運転していたXが、Y運転の大型貨物車に追突され、右頚椎神経部損傷、右肩・腰・臀部打撲の傷害を負い、右耳に高度の難聴の症状が残存したとして、Yに対して損害賠償を求めた事案。
なお、Xは、本件事故の13年ほど前に、左耳突発性難聴に罹患し、事故の2年半ほど前から左耳に中度の補聴器を付けるようになり、事故の2か月前には左耳は後遺障害11級程度の高度の難聴となっていた。また、右耳については、事故の3年9か月ほど前に軽度の、2年ほど前には中等度の難聴となり、1年半ほど前から軽度の補聴器を付けるようになるなど、徐々に増悪の傾向にあり、事故前後は中等度の難聴の状態にあった。

<争点>
①既存障害の悪化と事故との因果関係
②既存障害のある被害者の損害の算定方法

<請求額及び認定額>

主張 認定
治療費 47万4210円 47万2210円
装具(補聴器)代 41万8752円 41万8752円
休業損害 24万8000円 24万8000円
入通院慰謝料 132万0000円 132万0000円
後遺障害慰謝料 461万0000円 300万0000円
逸失利益 852万9624円 592万3350円
弁護士費用 300万0000円 92万0000円
既払金 ▲15万5000円 ▲41万3930円
合計 1844万5586円 1188万8382円

1 既存障害の問題

交通事故の被害者に、事故の時点で自賠責法上の後遺障害に該当する程度の障害(既存障害)があり、事故後にその障害の悪化がみられた場合、そもそも障害の悪化が、事故を原因とするものなのか(因果関係)、また、因果関係があるとしても、損害をどのように算定すべきなのかが争われることがよくあります。
今回の事案でも、Xが、事故後に生じた右耳の聴力の低下は、本件事故が原因で生じたものであると主張しましたが、これに対してYは、もともと本件事故以前から両耳とも難聴があったのであるから、本件事故が原因で生じたものではなく、また、症状が増悪したとも認められない、と反論しました。

2 裁判所の判断

裁判所は、Xの右耳の難聴について、事故の3年9か月ほど前に生じた難聴は、事故当時の中等度になるまで、徐々に悪化するにとどまっていたのが、本件事故後3か月余りで聾(ろう)に近い状態に急変し、入院治療で中等度に回復したものの、退院後は高度の難聴に戻るという急激な悪化を見せているという事実を認定しました。
そして、その上で本件事故による外傷やその後のストレスなしには、このような高度の難聴を生じることはなかったとして、本件事故とXの右耳の高度難聴との間の相当因果関係を認め、事故前は11級程度だった難聴が、事故後に9級程度に増悪したと認定しました。
もっとも、Xの右耳が本件事故後に高度の難聴になったことについては、左耳の高度の難聴が影響しているとして、その影響を考慮した金額として、後遺障害慰謝料を300万円、後遺障害逸失利益を592万3350円と算定しました。

3 コメント

(1)相当因果関係について

交通事故当時、被害者に既存障害がある場合において、事故後にその症状が重くなったという事実が認められる場合、一般的な感覚としては、その事故が原因で悪化したと考えられると思います。
もっとも、障害の種類・内容によっては、時間が経過してもその程度があまり変わらないものもあれば、時間が経つにつれて自然と進行していくものもあり、後者の場合は、事故後に症状が重くなったとしても、それが事故によるものであるとは言い切れないケースもあります。
本件では、裁判所は、本件事故前から生じていたXの右耳の難聴について、本件事故前にXが定期的に行っていた聴力検査の結果から、徐々に悪化していたことを認定しつつ、事故後3か月間に行った検査結果では、ほとんど聞こえなくなるほどまで急激に聴力が落ち、最終的には高度の難聴の状態になった事実があることをもって、事故後にXの右耳が高度の難聴になったのは、本件事故が原因であると判断しました。
本件のような進行性の既存障害が、事故が原因で悪化したと認められるためには、事故以前の既存障害の症状の経過や、事故後の症状の変化の程度等の事情を明らかにしていくことが必要になります。

(2)後遺障害慰謝料・逸失利益の算定について

後遺障害が認定された場合、原則として、後遺障害慰謝料と逸失利益が事故による損害として認められることになり、裁判実務では、その等級に応じて、目安の損害額や計算基準が定まっています。本件でXに認定された9級相当の後遺障害であれば、後遺障害慰謝料は690万円であり、逸失利益を算定する上で考慮される労働能力喪失率は35%となります。
もっとも、事故当時にまったく障害がなかった被害者が9級相当の高度難聴になってしまった場合と、もともと11級相当の難聴が生じていた被害者が9級相当の高度難聴に悪化した場合とで、後遺障害慰謝料や、労働能力の喪失の程度を同じにすることは公平ではありませんから、これらの損害は、既存障害の存在も考慮して、算定されることになります。
裁判実務上、既存障害の存在を前提とした損害額の算定方法については、決まった方法があるわけではなく、事案に応じて適切な解決が図れる方法がとられています。

本件では、判決文では明示されていませんが、事故後の後遺障害等級(9級)に応じた損害額・労働能力喪失率を算定し、ここから既存障害の後遺障害等級(11級)に応じた損害額や喪失率の数値を差し引く方法を基準に算定されたものと考えられます。
具体的には、9級相当の後遺障害慰謝料の目安額690万円から、11級相当の420万円を差し引いた270万円に、1割程度上乗せした300万円を、Xの後遺障害慰謝料として認定しています。

また、逸失利益に関しては、多少複雑な計算となります。
まず、Xの事故前年度の年収額240万円は、既存障害によって11級相当の労働能力の喪失(20%)の影響を受けたものと考えて、既存障害がなかったと仮定した年収を240万円÷(1-20%)=300万円と算定しました。
そのうえで、これに、本件事故によって拡大した喪失率15%(35%-20%)と、症状固定時からの就労可能年数22年に対応するライプニッツ係数13.163を掛けて算出される、592万3350円が逸失利益として認定されました。
240万円÷(1-20%)×(35%-20%)×13.163=592万3350円
本事案でも採用されたこの引き算方式は、既存障害のある場合の損害の算定方法として明朗なものであり、多くの裁判で用いられています。

以上のように、既存障害がある被害者の方の場合、本人が事故によって症状が悪化したと考えても、示談交渉や裁判の中で、因果関係や損害額の点で相手方に争われ、適切に主張立証をしなければいけない場面が出てくることもまれではありません。そのような不安がある方は、一度当事務所までご相談ください。

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交通事故
神経・精神
顔(目・耳・鼻・口)
高次脳機能障害
3級

意識障害もなく画像所見もはっきりしない被害者につき高次脳機能障害を認めた裁判例

高次脳機能障害の認定事例(後遺障害3級3号)

(札幌高等裁判所平成18年5月26日判決)

高次脳機能障害とは

高次脳機能障害が争われる場合には、被害者の精神症状が脳の器質的損傷に基づくものなのか、もっぱら精神的なものが原因なのか(非器質的)が問題となります。
そもそも高次脳機能障害とは、脳の器質的損傷(身体の組織そのものに生じた損傷のことをいいます)に基づいた精神症状をいい、精神的なものを原因とする場合、高次脳機能障害は認められません。

意識障害もなく画像所見もはっきりしない被害者につき高次脳機能障害を認めた裁判例

高次脳機能障害の症状は目に見えないため、医学的に証明することが難しいと言われています。
上記のとおり、器質的損傷に基づくものといえなければ高次脳機能障害は認められません。
しかし、意識障害もなく画像所見もはっきりしない被害者において、脳の器質的損傷による高次脳機能障害を認定し、約1億1000万円の支払いを命じた裁判例があります。
この裁判例において、被害者側はどのような立証をして、裁判所はどのような認定をして高次脳機能障害を認めたのか、説明したいと思います。

札幌高等裁判所平成18年5月26日判決

<事案の概要>
平成9年6月14日午前10時25分ころ、中学3年生女子X(原告)がシートベルトを装着し、A運転の車の後部座席に同乗中、赤信号交差点手前で停止していたところ、後方からY(被告)運転のトラックが追突し、Xはむち打ち症を負いました。
第一審(札幌地方裁判所)では、XのMRI等の画像から、頭部外傷を疑わせる形跡が見当たらなかったことを理由に高次脳機能障害を否定したため、これを不服としたXが控訴をしました。

<争点>
Xの後遺障害(高次脳機能障害)の有無

<請求額及び認定額>

主張 認定
治療費 92万6692円 92万6692円
通院交通費 7万7600円 7万7600円
通院慰謝料 198万円 190万円
後遺障害慰謝料 1990万円 1990万円
後遺障害による逸失利益 8986万1130円 8605万9619円
弁護士費用 1213万3683円 1000万円
既払い額 ▲92万6692円 ▲93万2292円
合計 1億2395万2413円 1億1793万1619円

当事者の主張と裁判所の判断

争点の具体的内容

高次脳機能障害が認められるかどうかについては、日弁連交通事故相談センターが発行している「高次脳機能障害相談マニュアル」が用いられます。
そこでの判断基準は以下のとおりです。

1.交通事故による脳の損傷があること
2.一定期間の意識障害が継続したこと
3.一定の異常な傾向が生じること

本件においても、この判断基準が用いられましたが、Xが高次脳機能障害でないとする医師も、Xに精神症状があること自体は認めていたため、「3.一定の異常な傾向が生じること」については、大きな論争の対象にはなりませんでした。
結局、本件では、むち打ち程度の軽度の外傷で脳に器質的損傷が起こりうるかどうかということであり、上記1、2をどう判断するかが問題となりました。

Xの主張

Xは、①各種検査において高次脳機能障害を示す検査結果が示され、学業成績も大きく下降したこと、②Xの脳機能障害は本件事故以外に見当たらないこと、③画像検査や客観的なデータに基づく検査においても高次脳機能障害が認められる結果が出ていること、④鑑定結果は、「MRS検査が信頼できるとすると、責任病巣は前頭葉白質である」というものであったことを理由に、脳に器質的損傷が生じたと主張しました。

Yの主張

これに対して、Yは、脳の器質的損傷による高次脳機能障害は認められないと反論しました。
すなわち、①上記の3要素がいずれも基準を満たしていないこと、②本件事故による衝撃は軽微であり、意識障害が継続していた記載がなく、事故後の入試の試験結果でも記憶障害は認められないこと、③事故後の初期診療で脳機能障害が疑われていないこと、④Xの症状は心因反応であること、⑤各検査でもXが高次脳機能障害であることは証明されなかったことを理由に、脳に器質的損傷は生じていないと反論しました。

裁判所の判断

判断基準の有効性

裁判所は、まず、上記の3要素の判断基準の有効性について、以下のように言及しました。

⇒「2.一定の期間の意識障害が継続したこと」の要素については、意識障害を伴わない軽微な外傷でも高次脳機能障害が起きるかどうかについては見解が分かれており、これを短期間の意識消失でもより軽い軸索損傷は起こるとする文献がある。外傷性による高次脳機能障害は、近時においてようやく社会的認識が定着しつつあるものであり、今後もその解明が期待される分野であることからすれば、「2.一定の期間の意識障害が継続したこと」の要素は、厳格に解する必要がないものといえる。

Xの高次脳機能障害の有無

そして、X及びYがそれぞれ提出した、合計6人の医師の意見について以下のように言及し、Xに後遺障害等級3級3号に相当する高次脳機能障害を認めました。
⇒本件が、高次脳機能の要素を充足しているかについては、医学的見地から十分な判断ができない状況にある。そして、専門家の間でも、Xが高次脳機能障害であるとする見解(肯定説=3人)、条件付で高次脳機能障害がないとは言い切れないとする見解(条件付肯定説=2人)、高次脳機能障害ではないとする見解(否定説=1人(Z医師))に分かれており、Z医師の弁明は到底採用できないとされました。
これは、肯定説を呈した医師2人が、Z医師自身の論文で望ましいとされている鑑定方法を実施したところ、高次脳機能障害がないとはいえないとの結論が出されたため、Z医師の見解は信用されませんでした。
そして、本件で採用するに足りる専門家の意見は、肯定説と条件付肯定説となったとして、Xの頭部外傷による脳の器質的損傷による高次脳機能障害を認めました。

コメント

本件では、X及びYの主張、多数の医学的文献、見解の異なる多数の医師の意見などを総合判断して高次脳機能障害が認められました。この裁判例は、意識障害もなく画像所見もはっきりしない被害者において、脳の器質的損傷による高次脳機能障害を認定しており、その後の裁判でも、この札幌高裁の裁判例自体や、この裁判で提出された医学文献が提出されています。
高次脳機能障害は立証が困難と言われており、本件のように多数の医学的文献や多数の医師の意見が必要です。また前提として、いくつもの検査を行う必要があります。
これらを個人で行うのはかなりの負担ですし、まず何をすればいいのかわからないことが多いと思います。
高次脳機能障害が認められるかどうかお困りの際には、是非当事務所にご相談いただければと思います。

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変わってしまった夫【後遺障害併合2級】

高次脳機能障害の裁判例(後遺障害併合2級)

~変わってしまった夫~(名古屋地判平成26年4月22日)

事案の概要

Yは、片側1車線の追い越しのための右側部分はみ出しが禁止されている道路において、渋滞を避けるために対向車線にはみ出して普通乗用車両を走行させていたところ、路外から同道路へ侵入してきたX1(当時62歳)運転の原動機付自転車と衝突。
X1は、外傷性くも膜下出血、広範性脳損傷、高次脳機能障害、右頬骨・眼窩・右鎖骨骨折及び右上顎中切歯外傷性歯牙破折の傷害を負ったため、X1、及びX1の妻であるX2と、子であるX3及びX4は、本件損害賠償請求に及んだ。

<争点>
・後遺障害の有無及びその程度
・介護の必要性

<請求額及び認定額>

<X1の損害>

主張 認定
治療費等 156万2033円 156万2033円
入院雑費 10万0500円 10万0500円
入院付添費 107万2000円 53万6000円
通院付添費 229万0000円 103万0000円
通院交通費 5万3681円 2万7630円
家族の交通費 36万7104円 36万7104円
休業損害 70万4760円 68万8333円
入通院慰謝料 350万0000円 230万0000円
後遺障害逸失利益 3064万4338円 324万3114円
後遺障害慰謝料 3500万0000円 2400万0000円
症状固定後の介護費用 8822万2690円 4411万1345円
書籍代 11万9858円 11万9858円
物損 17万1619円 15万4457円
既払金 ▲2518万0000円 ▲2518万0000円
弁護士費用 1380万0000円 260万0000円

<X2の損害>

主張 認定
慰謝料 500万0000円 100万0000円
旅行キャンセル料 6万1740円 6万1740円
弁護士費用 50万0000円 10万0000円

<X3の損害>

主張 認定
慰謝料 400万0000円 50万0000円
旅行キャンセル料 6万1740円 6万1740円
弁護士費用 40万0000円 5万0000円

<X4の損害>

主張 認定
慰謝料 400万0000円 50万0000円
弁護士費用 40万0000円 5万0000円

判断のポイント

高次脳機能障害とは

脳は、感覚器官から入力のあった情報を認識したり、認識した情報に基づいて行動や言動を起こすための重要な役割を果たしています。
これは、脳の各部位が連携することによって実現されているため、脳に損傷が生じるとその連携が崩れることによって、様々な症状が生じます。
これを高次脳機能障害といいます。 被害者自身には病識がないことも多く、周囲の人間の協力が必要となる障害といえます。

「高次脳機能障害」について詳しくはこちら

症状の推移

高次脳機能障害は、脳がダメージを受けたことによって脳機能が不全を起こすことをいいます。しかし、それらの症状は外部からは分かりづらいことも多くあります。例えば、人格変化や易怒性などは、医師からすると「もともとそういう人間なのか」「障害によってそうなっているのか」という判断がつきづらい場合が多くあります。また、受傷直後の症状は一過性のものもあるため、ある程度の期間をもって様子をうかがわなければ、障害が残存しているか否か乃判断がつきづらいという面もあります。
本件では、X1は、事故直後の入院中から興奮性が強く、大声で叫ぶ、看護師に抵抗して叩く、蹴る、脱抑制などの行動が多く見られており、これは明らかに通常の範疇を超えていると言えます。
その後、症状が落ち着く時期もありますが、運転中のX3に暴力を振るい怪我を負わせたり、食器を洗う音にも敏感に反応し、3日間怒り続けたりすることもあったようです。
このような入院治療上、及び日常生活上の支障や生活状況をひとつひとつ認定していく作業が必要になります。

後遺障害の程度

一口に「高次脳機能障害」と言っても、その症状の種類や重症度によって、後遺障害として認められる等級も様々です。
重症のものでは1級や2級、比較的軽症なものだと9級の認定もあり得ます。
これらの等級判断の際には、介護の必要性と、労働可能性がキーとなります。
本件では、X1は買い物に出かけたり、ソフトボールへ出かけたりなどの行動は可能で、一定程度の社会活動を行っていました。
しかし、裁判所は、上述の通りのX1の症状を認定した上で、「人格変化、健忘症状は著しく、易怒性等の精神症状の悪化による社会適応性の欠如は明らかである」と判断し、「高次脳機能障害による症状のため、生命維持に必要な身の回り処理の動作は可能であるが、『労務に服することができないもの』として、後遺障害等級3級に相当する後遺障害が残っている」と認定しました。

介護の必要性

上では、高次脳機能障害の判断は、介護の必要性と労働可能性がキーとなると説明しました。
一般的な後遺障害としては、1級及び2級が介護を要するものと判断されます。しかし、高次脳機能障害では、3級だとしても介護の必要性が認められることがあります。
確かに、高次脳機能障害があっても、一般的な会話や行動は出来るという場合もあります。そのような場合、例えば遷延性意識障害(植物状態)や半身不随などのような介護は必要ではないかもしれません。
しかし、高次脳機能障害の方は、自分自身病識がない場合も多く、また他人からも一見して障害者であるとは分かりづらい場合があります。その中で、健忘症状や易怒性のある方が何ら他人のサポートなく生活が出来るかというと、相当な疑問が残ります。
語弊を恐れずに言えば、暴力や暴言、失見当識など社会的に問題となる行動を、ふと取ってしまうことがありうるのです。
本件では、確かにX1は、買い物やソフトボールは行えることは認められます。しかし、上述の通り、社会適応性は著しく欠落しており「X1の症状を理解している家族や医療、福祉の専門家による随時の看視や見守りの限度での介護の必要性はある」と判断し、介護の必要性が認められました。
もっとも、X1らは、自宅における職業介護人による介護を前提とした請求をしていましたが、これまでのX1の行動や症状の程度、及びそれらによってX2らがうつ症状を呈していることからすると、「現段階において完全な在宅介護を実施できる蓋然性は認め難い」とし、「今後も医療保護入院が続く蓋然性が高いといえる」と判断しました。 このように、「介護が必要か」と一口に言っても、どの程度の介護が必要か、どのような介護方法が適切か、などの様々な観点からの検討が必要となります。

コメント

現代の医学や科学においても、脳の機能は完全に解明できていません。
従って、高次脳機能障害も、厳格に「脳のどの部位が損傷しているためどのような症状が出ている」という特定は困難です。
そのため、高次脳機能障害は、そもそも後遺障害として認定させることから簡単ではありません。
事故直後の意識障害・画像上の異常所見・運動機能や認知能力に対する支障等の様々な事実を証拠によって積み上げなければなりません。
また、後遺障害が認定された場合にも、本件のようにその程度や介護の必要性等で争いになることもあります。

交通事故により頭部を受傷され、意識障害があったような場合には、お早めに弁護士にご相談ください。

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