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裁判例: 交通事故

交通事故
下肢
12級
因果関係
素因減額

後遺障害が認定されても安心はできない【後遺障害12級7号】

右膝関節の機能障害の裁判例(後遺障害12級7号)

~後遺障害が認定されても安心はできない~(大阪地判平成27年11月26日)

事案の概要

52歳の男性Xの乗用車が、駐車場の出口で一時停止中、後退してきたYの乗用車に逆追突され、両膝半月板損傷の傷害を負ったため、XがYに対し、損害賠償を求めた事案。
Xの右膝について残存した症状は、膝関節機能に傷害を残したものとして、損害保険料率算出機構(損保料率機構)より後遺障害等級12級7号が認定されていた。

<主な争点>
①本件事故の態様はどのようなものだったか
②本件事故と両膝半月板損傷の因果関係、素因減額

<主張及び認定>

主張 認定
治療費(既払金) 81万0019円 81万0019円
入院雑費 1万0500円 1万0500円
通院交通費 2万3115円 2万3115円
文書料 6300円 6300円
休業損害 515万5000円 125万6191円
入通院慰謝料 130万0000円 130万0000円
逸失利益 1367万1705円 199万8862円
後遺障害慰謝料 290万0000円 84万0000円
既払金 ▲311万2099円 ▲393万7700円
弁護士費用 210万0000円 23万0000円
合計 2286万4540円 253万7287円

判断のポイント

①本件事故の態様
本件事故の態様で具体的な争いになったのは、Y車の後退速度です。
Xは、Y車の後退速度がそれなりの速度であったことを前提に、衝突された瞬間、X車がバウンドするような衝撃を受けたと主張したのに対し、裁判所は、これを認めず、Y車はゆっくりとした速度で後退してX車に衝突し、その衝撃の程度はそれほど大きくなかったものと認定しました。
X側は、X自身の本人尋問のほかに、X車の後方で待機していた車両の運転者Zの、X車が衝撃で動いた旨の陳述書も証拠として提出して、X車がバウンドするほどの衝撃であったことを主張しましたが、裁判所はそのどちらの信用性を認めませんでした。裁判所は、本件事故直後にYがXに負傷の有無を尋ねたところ、Xが大丈夫であると返答し、Xがジュースを買いに現場を離れた際に足を引きずるような様子は見られなかったこと、衝突による車の修理費用が、XYどちらもそれほどの金額にならず、運転にも支障がなかったこと、事故後に警察官が臨場したものの、実況見分も行われなかったことなどの客観的事実を根拠としてY車の後退速度を認定したのです。
第三者の供述は、特別な事情がなく、合理的な内容であれば信用性が認められるものですが、XとZは知人であり、ZにはXに有利に陳述する動機があったことがZの陳述内容の信用性判断に影響したと考えられます。また、本件では上記のような客観的な事実が認められたため、それらから認定される事実と整合しない、不合理な供述として信用性が認められなかったのではないでしょうか。

②本件事故と両膝半月板損傷の因果関係、素因減額
(1) 上記のように、裁判所は本件事故の衝撃の程度はそれほど大きなものではなかったと認定しましたが、Xの右膝の半月板損傷については、本件事故と相当因果関係があると認めました。
半月板損傷は、膝を強く打ったり、激しく動かしたりねじるなど、膝に大きな負荷がかかった場合に、膝関節の外側・内側に1個ずつある三日月型の軟部組織が傷付いて、膝に強い痛みが生じるようになるものであるため、Yは、本件事故の衝撃の程度はそれほど大きくなく、膝にかかる負荷も小さかったとして、本件事故とXの両膝半月板損傷との間には因果関係は認められないと主張しました。
裁判所も、本件事故当時のXの両膝の位置関係からすると、両膝関節の内側半月板を同時に損傷することは考え難い、としながらも、本件事故後、それ以前にはなかった膝の痛みが出現していたこと、特に右膝の痛みが強いこと、Xが右膝の半月板切除手術を受けていたことなどの事情から、少なくとも右膝の半月板損傷は、本件事故によって生じたものと認められるとして、本件事故と右膝半月板損傷の間の相当因果関係を認めたものです。
裁判所の判断のポイントは、受傷状況としては、因果関係が否定されるようなものであったにもかかわらず、事故前後の症状の有無や、治療状況を重視して、事故と受傷の因果関係を認めたところにあります。社会通念からすれば、事故の状況からは考えられないような怪我を負っていても、事故以前になかった症状のために、医師も手術をしなければならないと考えて、実際に手術が行われていたのであれば、これは事故と半月板損傷との相当因果関係自体を認めるほかない、という判断であったのだと思います。

(2) もっとも、Xの右膝の半月板には、加齢性の変形性関節症という疾患があり、Xの半月板損傷は、本件事故と、その疾患がともに原因となって発生したものといえるとして、Xに生じた右膝半月板損傷について、裁判所は70%の素因減額をしました。
素因減額とは、当事者間の損害の公平な分担という見地から、被害者に、損害の発生・拡大に寄与する事情がある場合に、損害のすべてを加害者に負担させるのは公平でないとして、その被害者の事情を斟酌して、損害賠償額を減額するという理論です。
裁判所は、半月板損傷と事故に相当因果関係があることは認めつつも、事故の衝撃の程度が軽微であり、通常であれば半月板損傷が生じるような事故ではないということを考慮して、半月板損傷の要因の70%はXのもともとの疾患にあると認定したのです。
結局、Xの半月板損傷は、後遺障害としては認められたものの、素因減額で70%を引かれてしまい、後遺障害に関する損害に関しては、12級の自賠責保険金290万円よりも少ない金額しか認められない、という結果になりました。

後遺障害等級が認定されると、損害額自体が跳ね上がるのは確かですが、素因減額や過失割合など様々な事情によって、実際に受けられる賠償金がかなり少なくなってしまうということもあります。そのため、被害者の方が、自分が遭った事故では、どのような事情で減額されてしまう可能性があるのか、ということを把握しておくことはとても重要ですので、もし気になるようなことがあれば、当事務所までお気軽にご連絡ください。

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交通事故
下肢
神経・精神
14級
逸失利益

もうアルバイトはできない!?【後遺障害等級併合14級】

疼痛等感覚障害の裁判例(後遺障害併合14級)

~もうアルバイトはできない!?~(東京地判平成27年3月25日)

事案の概要

信号機のある交差点を右折しようとしたY運転の中型貨物自動車に、対向方向から直進してきたX運転の自動二輪車が衝突。
Xは右膝打撲挫創等の傷害を負い、自賠責保険から、右膝に残った約14センチメートルの縫合創とV字の挫創痕創縫合痕については後遺障害等級14級5号、右膝から下腿外側にかけての疼痛やしびれ、しゃがんで起立する際の疼痛等の症状については後遺障害等級14級9号に該当するとして後遺障害等級併合14級の認定を受けた。

<主な争点>
逸失利益の金額(労働能力喪失率・期間)

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 37万5680円 37万5680円
入院雑費 1万5000円 1万5000円
通院交通費 13万0370円 13万0370円
休業損害 74万0663円 74万0663円
逸失利益 1251万8312円 136万7700円
傷害慰謝料 164万円 142万円
後遺障害慰謝料 110万円 110万円
物件損害 10万4190円 10万4190円
弁護士費用 146万1763円 24万円
過失相殺 ▲78万8040円
損害のてん補 ▲200万6583円

判断のポイント

①労働能力喪失率・期間
②過失相殺

後遺障害が残ってしまうと、痛みや動かしにくさなどのせいで、思うように働くことができなくなってしまいます。
この“働きにくさ”を「労働能力喪失率」と呼び、“働きにくさ”が残ってしまう期間を「労働能力喪失期間」と呼びます。
そして、「逸失利益」とは、“後遺障害がなかったら、(もっと)稼げたはずの収入”のことをいい、おおざっぱに説明すると、事故前の収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間で計算できます。

Xは、事故前、美容室勤務に加え、焼肉店とファミレスでのフロア係のアルバイトを掛け持ちしていました。
X側は、美容師としての美容室勤務については労働能力喪失率5%だが、焼肉点とファミレスでのアルバイトについては以下の通り労働能力喪失率100%だと主張しました。
X側は、①しゃがんで起立する際に強く痛むため、フロア係のアルバイトを辞めざるをえなかったこと、②本件事故の後遺障害により,美容師として立ち仕事をすると足が非常にむくむようになり、夜間にアルバイトをすることが難しくなってしまったこと、③Xは、症状固定時52歳の女性であり、長年にわたり美容師として稼働してきたので、立ち仕事以外のアルバイトで雇用されることは難しいことから、Xは現実にアルバイトの収入を失い、今後も原告がアルバイト収入を得られる可能性はほとんどないといえるとして、アルバイトとしての稼働分についての労働能力喪失率は100パーセントとすべきと主張したのです。
また、いずれの仕事に関する逸失利益についても、労働能力喪失期間は16年と主張したことから、X側の主張する逸失利益は極めて高額となりました。

これに対して裁判所は、①いずれの仕事も立ち仕事や膝を曲げる必要がある業務が中心で、膝や下腿への負担が大きい業務であって、Xは美容室の勤務には復帰できたものの焼肉店やファミレスでのアルバイトには復帰できないまま退職したのだから、Xに残った痛みやしびれの症状が労務へ及ぼす影響を軽視することはできないこと、②Xは事故から2年近くが経過した裁判の時点でも、しびれや痛み、むくみ等の症状が続き、整骨院の通院を続けていて、現段階で直ちに症状が緩解する傾向にあるとは認められないことから、Xの労働能力喪失率は5%、労働能力喪失期間は7年間と判断しました。
また、X側が主張した「立ち仕事以外のアルバイトには就けないだろうから、アルバイトに関して労働能力喪失率100%だ!」という主張に対して、Xの後遺障害は右膝から右下腿外側に限られた症状であり、この後遺障害の部位・程度に照らせば、アルバイトとして稼働することが不可能になったとは認められず、アルバイトとしての稼働分も含めて労働能力喪失率を5%と認めるのが相当と判断したのです。

本来、後遺障害は、“もう治らない”として認定されるものですが、一般的に後遺障害の中では軽症とされる14条9号などの場合は、労働能力喪失期間も5年などと短期でしか認められない傾向があります。
もちろん、具体的な事情によってもっと長く認定されたり、逆に短く認定されるものもあります。
この事件の場合は、事故から2年近くも経っているのに症状が続いていて整骨院にも通っていることから、普通より少し長い7年の労働能力喪失期間が認定されていますが、このような事情だけからすぐに他の事案でも長めで認められるとは限りません。
それぞれの事案の特徴や固有の事情なども考慮して慎重に判断しなければならないものなのです。

また、この事件では、Xの過失が15%として、15%分賠償額が差し引かれました。
この事件では、過失割合についてXとYで争いがなく、X側も15%分差し引かれることは分かっていたので、それほど問題はなかったかもしれません。
しかし、過失割合は、お客様の得られる賠償額に大きく影響してくるものです。当事務所にも、「保険会社が提示してくる過失割合が妥当か」、「どうして自分に過失があるのか分からない」など過失割合について多くのご相談が寄せられます。
過失割合は、法律の専門家である弁護士でも、被害者の方や目撃者の方にから事故状況についてよくよく伺った上で、場合によっては警察・検察から捜査記録を取寄せる等しなければ判断できない難しいものです。

ぜひ、一度当事務所にご相談ください。
みなさまが適正な損害賠償を受けられるためのお手伝いをさせていただければと思っております。

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交通事故
下肢
4級
因果関係

義足の一般的な水準【後遺障害併合4級】

下肢喪失障害等の裁判例(後遺障害併合4級)

~義足の一般的な水準~(福岡地判小倉支部平成25年5月31日)

事案の概要

Yが追い越し禁止場所であるトンネル内部で、先行する大型貨物自動車をその右側から追い抜こうと加速し対向車線に進出したところ、同対向車線を走行してきたX1と衝突。
X1は右大腿骨幹部開放骨折、右下腿骨幹部開放骨折、右上腕骨顆上部粉砕骨折等の傷害を負い、右大腿切断処置等を受けた結果、右大腿以下を喪い、その他の障害も残存したため、X1がその賠償をYに請求した。
また、X1の妻であるX2も、X1の障害につき固有の損害を請求した。

<主な争点>
①X1の事故と因果関係ある損害範囲はどこまでか?
②X2には、事故と因果関係の有る損害が認められるか?

<主張及び認定>

X1の損害

主張 認定
治療関係費 404万2572円 392万6462円
症状固定前の装具代 158万4159円 158万4159円
入院雑費 30万1500円 30万1500円
付添人交通費 18万1866円 18万1866円
通院交通費 9万6690円 9万6690円
付添介護費用(入院中) 140万7000円 140万7000円
付添介護費用(通院中) 318万4000円 131万3400円
将来の付添介護費用 5698万4607円 569万1372円
義足(日常用) 3539万5587円 587万5900円
義足(作業用) 1156万7930円 0円
義足(運動用) 1196万5836円 0円
右手指義手 366万2009円 46万7784円
車いす 106万5823円 66万6600円
入浴補助用具 31万1125円 4万3641円
四輪車改造費用 38万8010円 33万9866円
三輪バイク(通勤用) 144万7968円 188万0288円
三輪バイク(ツーリング用) 702万357円 0円
家屋改造費 655万6278円 655万6278円
将来家屋立替費用 6553万7679円 0円
休業損害、傷病逸失利益 615万0976円 68万0364円
給与逸失利益 1億0201万3577円 7474万8742円
退職金逸失利益 569万4480円 0円
傷害慰謝料 410万0000円 379万0000円
後遺障害慰謝料 2300万0000円 2388万0000円
既払金控除後元本 3億4795万8763円 1億2772万7433円
弁護士費用 3067万0000円 1277万0000円
合計 3億4860万8434円 1億4049万7433円

X2の損害

主張 認定
休業損害 105万3318円 0円
固有慰謝料 300万0000円 0円
弁護士費用 40万0000円 0円

判断のポイント

①X1の損害と因果関係

本件でX1は様々な費目の損害を請求していますが、中には0円と認定されているものがあります。これは、本件事故と因果関係が認められない損害と認定されたということです。
損害賠償は、事故をきっかけに生じた損害なら何でも補償がなされるわけではありません。そのような事故によって通常生じる損害であると法的に認められて初めて補償を受けることが出来ます。この考え方を「相当因果関係」といいます。
例えば本件ではX1は日常用の義足の他に、作業用や運動用の義足費用についても請求しています。この点について裁判所は「複数の義足を用いることでより快適になることは否定されないが、性能が良く汎用性の高い義足及び車いすの併用の範囲を超えて、本件事故との相当因果関係内にある損害と認めること出来ない」と判断しています。
これはツーリング用の三輪バイクについても同様の判断がなされています。
また、日常用の義足についても、実際にX1が使用しているものは300万円以上する高性能なものでしたが、裁判所はそのような高性能なものが必要であるとはいえないとし、一般的な水準として100万円の範囲で認め、これを基準として将来の交換費用等を産出しました。

②X2の損害と因果関係

本件では、事故には直接遭っていない妻のX2も損害賠償請求をしています。
X2の主張としては、「X1の介護のために休業したためその補償を求める」「配偶者であるX1が重傷を負ったことからX2も精神的損害を負ったため、賠償を求める」というのが大筋です。
この点、裁判所は前者についてはX1の損害として「付添い介護費用を認めており、重ねて休業損害を認めることはできない」と否定しました。
また、精神的損害についても「X1の症状、生活状況、X2が平成23年8月にX1と離婚していること等を考慮すれば」慰謝料は認められないとしました。配偶者や子どもなどは、近親者が死亡した場合に固有の慰謝料が認められます。これは必ずしも死亡に限らず、死亡に匹敵するような場合(植物状態等)にも近親者固有の慰謝料が認められる可能性があります。しかし本件では、X1は重傷とはいえ仕事にも復帰できていることや、その後のX2との生活状況からすると、「近親者の死亡」に匹敵するほどの精神的損害がある場合ではないと判断されました。

コメント

本件は、損害費目をかなり細かくかつ多様に請求している点が特徴です。
民事損害賠償は「損害の公平な分担」という理念があるので、事故をきっかけにかかった費用なら全てが認定されるというわけではないのが、法律の現状です。
本件では、義足について「一般的な水準」というもので、仮定的な算定がされています。
もっとも、全てにおいてこの「一般的な水準」が妥当するとも限りません。
義足の美観目的費用(機能的には変わらないが、見た目を実際の脚に近づけるための費用)につき争われた事案で「不法行為における賠償の対象となる財産的損害とは、不法行為前の状態と不法行為後の現実の状態との差を財産的に評価したものと解される」としたうえで、「本件事故がなければ有したであろう状態と比較して、控訴人の精神的苦痛の点を捨象しても上記義足等の代金相当額を下回らない差が存することは明らかといわなければならない」として、認めた裁判例があります(福岡高判平成17年8月9日)。
損害賠償は「損害の公平な分担」と同時に、「原状回復」をも目的としていることからすれば、下肢を喪失したという不可逆の事実に対して、「一般的な義足で良いだろう」というのはいささか乱暴な議論にも思えます。十全な脚の代わりというものは、現在のテクノロジーでも未だ不可能であることからすれば、可能なかぎり快適な義足を求めたいのは当然の願いだと思います。この線引きをどこにするかというのが、難しいところです。
結局のところ、事故による症状と、その不都合性、解消の必要性などを、事案に応じてひとつひとつ主張立証していくしかないと思われます。
なお、義足の点については、「この先テクノロジーが進歩した結果、安くなるかもしれない」という点と、「この先テクノロジーが進歩した結果、より良いものが(高額だが)手に入るようになるかもしれない」というような不確定要素もあります。これらの点も、将来義足費用の部分の賠償額にかかわってくることがあります。
このように、多岐にわたる論点がありうるので、専門家と相談の上、適切な賠償請求をする必要があります。ぜひご相談ください。

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交通事故
神経・精神
顔(目・耳・鼻・口)
11級
逸失利益

年少者の嗅覚障害等に67歳まで14%の労働能力の喪失を認めた裁判例【後遺障害併合11級】

年少者の嗅覚障害等の裁判例(後遺障害併合11級)

原告に嗅覚脱失を原因とする逸失利益が38歳から67歳(29年間)発生するものと認めた事例(名古屋地方裁判所判決 平成21年1月16日 )

事案の概要

父親運転の乗用車に乗っていた12歳の男子Xが、Y運転の大型貨物車による衝突で、脳挫傷等の傷害を負い、後遺障害も残存したため、Yに対して損害賠償を求めた事案。
Xは、自賠責保険から、頭部外傷後の神経機能・精神障害について12級13号、嗅覚障害について12級相当の後遺障害に該当するとして、併合11級の後遺障害認定を受けた。

<争点>
嗅覚障害の労働能力喪失率・喪失期間

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 51万8609円 51万8609円
入院雑費 2万5500円 2万5500円
通院交通費 2万6040円 2万6040円
付添費用 15万6700円 15万6700円
逸失利益 1492万1756円 1044万5229円
入通院慰謝料 175万0000円 175万0000円
後遺障害慰謝料 420万0000円 420万0000円
小計 2159万8605円 1712万2078円
過失相殺(10%) ▲171万2208円
既払金 ▲61万8609円 ▲62万0369円
弁護士費用 200万0000円 147万8950円
合計 2297万9996円 1626万8451円

1 嗅覚障害の内容

嗅覚に関する後遺障害は、後遺障害別等級表上、鼻の欠損を伴う機能障害について、9級5号が定められていますが、欠損を伴わない機能障害については、等級表には載っていません。もっとも、実務上は、嗅覚脱失(嗅覚が機能しない場合)は12級13号、嗅覚減退は14級9号が準用されて等級認定されることになります。

2 嗅覚障害に逸失利益が認められるか否か

本件でXには、頭部外傷後の神経機能・精神障害につき12級13号、嗅覚脱失につき12級相当の後遺障害が認められました。後遺障害別等級表上、12級の後遺障害の労働能力喪失率の目安は、14%とされています。
しかし、嗅覚障害に関しては、顔などに傷痕が残る外貌醜状と同じように、身体の機能や判断能力などに制限が生じないため、一般的には、特に嗅覚が重要な職業でなければ、後遺障害として残ったとしても、仕事への影響に乏しいとして、逸失利益が認められにくい傾向にあります。また、12級13号の神経症状に関しては、仮に仕事への影響があると認められたとしても、影響を受ける期間(労働能力喪失期間)は、10年と認定されることが多いです。

3 裁判所の判断

本件でも、Y側は、嗅覚はそれを重要な要素とする職業自体が極めて限定されているため、就労全般に与える影響は乏しいこと、仮に影響があるとしても、長くとも就労可能年齢から10年程度であるから、後遺障害慰謝料によって填補されているとして、逸失利益自体を認める必要はないと主張しました。
このようなYの主張に対して、裁判所は、まず、Xの頭部外傷後の神経機能・精神障害と嗅覚障害が事実として認められるとしたうえで、労働能力喪失率を、これらの後遺障害の影響を総合考慮して14%と認定しました。
また、労働能力喪失期間に関しては、就労可能年齢である18歳から、就労可能年限である67歳までを労働能力喪失期間と認めています。

4 判断のポイント

(1)労働能力喪失率・期間

通常、14級を超える後遺障害が複数認定されると、後遺障害の程度に応じて併合等級として1等級~3等級繰り上がって認定されることになります。そして、後遺障害別等級表では、等級ごとの労働能力喪失率の目安が記載されており、等級が上がるごとに労働能力喪失率も大きくなっていきます。
本件でいえば、12級13号の神経機能・精神障害と12級相当の嗅覚障害により、1等級繰り上がって併合11級と認定されているため、等級表どおりであればXの11級の労働能力喪失率は20%と認められることになります。
しかし、Xの神経機能・精神障害に関しては、Xの日常活動や学習などの面で受傷前後に変化があったものの、身体機能や認知能力等は医学的に正常と診断されていたことから、将来の仕事に影響を及ぼすか不明であるとして、労働能力喪失率が20%まであるとは考え難いと判断されました。他方で、嗅覚障害については、脱失の程度まで至っていること、それが回復する見込みは薄いことなどを理由に、上記神経機能・精神障害も併せ考慮して、12級の目安である14%の労働能力喪失率を認定しています。
労働能力喪失の程度は、裁判では、具体的に立証されなければならず、本件ではXの将来の仕事への影響が不明とされた上記神経機能・精神障害だけでは、労働能力の喪失率の認定は困難であったと考えられます。しかし、本件では、神経機能・精神障害と嗅覚障害と併せ考慮することで、後遺障害全体として労働能力の喪失を認定しており、この点は合理的な判断がなされているといえます。
ただ、労働能力喪失率の判断の理由とされている、回復の見込みが薄いという事情は、どちらかというと労働能力喪失期間で斟酌されるべきことでしょう。
裁判所はXの労働能力喪失期間を、就労可能年限である67歳までと認定し、その理由として、嗅覚障害が一生涯に及ぶことのほか、Xの職業選択の範囲が制限されることを挙げていますが、この職業選択の範囲が制限されているという点は、むしろ労働能力喪失率を考えるに当たっては重要と考えられるため、理由が逆ではないかという印象です。

(2)年少者の逸失利益の特殊性

本件の特殊性として、Xが事故当時12歳であったという事情があります。当然仕事はしておらず、具体的な就労の予定もない年齢ですが、その後、Xが成長してどのような仕事に就くかを決める際に、料理人やソムリエなど、嗅覚が必要不可欠、もしくは重要な職業に就くことが困難なため、職業の選択の範囲が必然的に狭まってしまい、観念的には生涯にわたって影響を受け続けるという大きな不利益が生じます。裁判所は、このような点を捉えて、嗅覚障害という、一般的には逸失利益を認められにくい後遺障害でも、就労可能年限までの逸失利益を認めるべきとの判断をしたものといえます。
このような考え方からすると、すでに仕事をしている一般社会人や、就職が決まっている学生などと異なり、いまだ進路の方向すら決まっていないような年少者については、一般的には仕事に支障が生じないような後遺障害(歯牙障害など)についても、逸失利益が認められやすいといえるでしょう。

交通事故によって、お子さんに生涯にわたって残る後遺障害が生じてしまった場合、その後の人生が大きく変わってしまいかねませんので、そのことに対する適切な金額の賠償はしっかりと受けられるようにすべきです。そのために、まずは一度弁護士にご相談いただければと思います。

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交通事故
神経・精神
顔(目・耳・鼻・口)
11級
逸失利益

逸失利益が38歳から67歳(29年間)発生するものと認めた事例【後遺障害等級11級相当】

嗅覚脱失についての裁判例(後遺障害等級11級相当)

原告に嗅覚脱失を原因とする逸失利益が38歳から67歳(29年間)発生するものと認めた事例(名古屋地方裁判所判決 平成21年1月16日 )

事案の概要

X(原告)が、交差点の青信号に従い横断歩道を渡っていたところ、同交差点を右折通過しようとしたY(被告)運転の加害車両にはねられ、頭部挫創、脳挫傷等の傷害を負い、頭部外傷後の頭蓋内の損傷については「局部に頑固な神経症状を残すもの」として、後遺障害等級12級13号に該当し、頭部外傷に伴う嗅覚脱失については、12級に相当し、頚椎捻挫後の頚部痛の症状については、「局部に神経症状を残すもの」として14級9号に該当するものとされ、これらを併合して11級相当の後遺障害認定を受け、Yに対して、3212万4266円を求めて訴えを提起した。

<争点>
Xの逸失利益の有無

<主張及び認定>

主張 認定
休業損害 46万8317円 46万8317円
傷害慰謝料 130万円 110万円円
後遺障害逸失利益 2316万0551円 1503万5949円
後遺障害慰謝料 420万円 420万円
既払金 ▲3万円 ▲3万円
弁護士費用 300万円 208万円
合計 3209万8868円 2285万4266円

鼻の障害について

鼻の障害は、大きく分けて2つあります。
1つは、鼻軟骨部の全部又は大部分を失った「欠損障害」。
もう1つは、鼻を欠損しないで鼻の機能が喪失又は制限されてしまった「欠損を伴わない機能障害」があります。

①「欠損障害」

後遺障害等級表においては、「鼻を欠損し、その機能に著しい障害を残すもの」と認められる場合に、第9級5号が認定されることになります。
ここで、
「鼻を欠損」とは、上記のとおり、鼻軟骨部の全部又は大部分の欠損をいい、
「機能に著しい障害を残すもの」とは、鼻呼吸困難又は嗅覚脱失をいいます。

このように、後遺障害等級表上では、
「鼻軟骨部の全部又は大部分の欠損」+「鼻呼吸困難又は嗅覚脱失」があれば第9級5号が認定されます。
「欠損」の他に「機能障害」も認められる必要があることに注意です。

②「欠損を伴わない機能障害」

後遺障害等級表には、鼻を欠損しないで鼻の機能障害のみを残すものについては特に定められていませんが、鼻の機能障害の程度に応じて、次のように準用等級が定められています。
・「嗅覚脱失又は鼻呼吸困難が存するもの」については、第12級12号が準用されます。
・「嗅覚の減退のみが存するもの」については、第14級9号が準用されます。

そして、嗅覚脱失及び嗅覚の減退については、T&Tオルファクトメータによる基準嗅力検査の認知域値の平均嗅力損失値により、次のように区分されます。

5.6以上      嗅覚脱失
2.6以上5.5以下  嗅覚の減退

なお、T&Tオルファクトメータとは、嗅覚測定用基準臭ともいい、5種類のにおいにつき各々8段階の濃度が設定され、濃度が低い順からにおいを嗅いでいき、初めてにおいを感じたときに認知域値をとります。

聴力障害の検査方法

聴力検査回数は、日を変えて3回行い、2回目と3回目の測定値の平均純音聴力レベルの平均を出します。検査と検査の間隔は7日程度あけます。
また、平均純音聴力レベルは、周波数が500ヘルツ(A)、1000ヘルツ(B)、2000ヘルツ(C)及び4000ヘルツ(D)の音に対する聴力レベルを測定し、以下の式により求めます。
{A+(2×B)+(2×C)+D)}/6
そして、大事なところですが、後遺障害等級の認定のための聴力検査の実施は、症状が固定した後になされます。
難聴や聴力障害は、時間が経つにつれ回復することが見込まれるからです。
もっとも、強烈な騒音を発する場所における業務に従事している場合、症状は漸次進行する傾向が認められることから、聴力検査にあたっては、強烈な騒音を発する場所における業務を離れた後に行うことになります。

本件について

Xの逸失利益の有無

<Xの主張>
Xは、会社の従業員としてNAS電池の製造に従事しているが、その製造過程においては熱源としてLNGガスを使用するほか、製品の材料として硫黄等を用いるため、現場の管理には嗅覚による判別能力を必要とするところ、本件事故により嗅覚をまったく失ったため、職場安全衛生委員を退任しただけでなく、同製造過程の焼成工程を指揮することを見送らざるを得なくなったことから、67歳までの就労可能年数29年間、少なくとも事故当時の給与所得年額764万8290円につき20%の逸失利益が生じていると主張しました。

<Yの主張>
これに対してYは、Xには後遺障害による就労への影響は現実的には考えられず、逸失利益は認められないと反論しました。
すなわち、嗅覚は、専ら日常生活の面に影響する生活能力であり、嗅覚が重要な要素となる職業(調理師あるいは主婦等)を除いては、原則として労働能力に影響を与えることはない。Xは、嗅覚が必要不可欠という職業に就いているわけでもなく、嗅覚が重要な要素となる仕事に従事しているわけでもないのであり、嗅覚がなくなったとしても、それだけで現在の職業や仕事ができなくなるわけではないことから、Xが、嗅覚を脱失したとしても、労働能力に影響を及ぼすとは考えられないと反論しました。

<裁判所の判断>
裁判所はまず、Xの職務内容として、技術者としての職歴を有することから、今後とも、化学物質等を用いた製品の製造、研究、開発等の職務を担当する蓋然性が高いことを認定しました。もっとも、本件事故発生前に比べて、Xの収入の減少はなく、降格もされていない、さらに、会社はXを現在の職場から他の職場に配置転換することは予定していないとも認定しています。
その上で、Xには収入の減少や降格といった不利益は生じていないのであるが、Xの職務内容や勤務先会社の業務内容等を考慮するならば、Xの嗅覚脱失という障害が原告の労働能力に相当の影響を与えるものであることは明らかであるとし、将来、嗅覚脱失の障害による経済的不利益が生じるおそれが高いというべきと判断しました。

そして、逸失利益の算定方法としては、労働能力喪失期間をXの就労可能年数の29年間、労働能力喪失率は14%が相当であるとして、1503万5949円を認めました。

コメント

本件では、Xが特殊な仕事に就いていたことから、逸失利益が認められました。しかし、嗅覚が失われたとしても、労働能力に影響を与える場面というのは少なく、逸失利益が認められないケースは多いです。
本件のYが主張するように、嗅覚障害の場合、調理師や主婦など、嗅覚が多大な影響をもたらす職業であれば認められやすいですが、とくに影響がない職業の場合は、嗅覚障害により具体的な減収があることを主張しない限りなかなか逸失利益を立証することは難しいでしょう。
しかし、その場合には後遺障害慰謝料の増額が見込まれる場合があります。
そこでも、嗅覚障害により、どのような支障が仕事上あるいは日常生活上生じているのか、きちんと説明する必要があります。
現在の症状はどのような障害として残る可能性があるのか、どのような検査を行えばよいのか、後遺障害が残っていても適切な賠償額を得られるのか、1人では判断が難しいと思います。
そのようなことでお困りの際には、是非当事務所にご相談いただければと思います。

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