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裁判例: 交通事故

交通事故
顔(目・耳・鼻・口)
11級
逸失利益

現在減収は生じていないが、将来の昇進等の不利益の可能性は否定できないなどから逸失利益を認めた事例【後遺障害等級11級相当】

聴力障害についての裁判例(後遺障害等級11級相当)

聴力障害について、現在減収は生じていないが、将来の昇進等の不利益の可能性は否定できないなどから逸失利益を認めた事例(岡山地方裁判所判決 平成21年5月28日 )

事案の概要

Y(被告)が、雨の日に、高速道路上においてスピードの出しすぎによりスリップし、非常帯の壁に激突した反動で、後続のX(原告)の運転する普通乗用自動車に衝突し、Xが、頚椎捻挫、右上肢不全麻痺、混合難聴及び耳鳴り症の障害を負い、1耳の聴力全く失ったものとして後遺障害等級9級の7に該当し、既払金76万2750円を控除し2644万4026円を求めて訴えを提起した。

<争点>
①Xの後遺障害の有無、程度
②Xの逸失利益の有無

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 76万2750円 76万2750円
入院雑費 3万4500円 2万5500円
通院交通費 1万9320円 1万9320円
装具器具等購入費 35万円 0円
休業損害 68万9603円 0円
逸失利益 1760万2465円 1005万8551円
入通院慰謝料 120万円 120万円
後遺障害慰謝料 690万円 420万円
小計 2755万8638円 1626万6121円
過失割合 ▲2割
既払金 ▲76万2750円 ▲76万2750円
弁護士費用 240万4002円 100万円
合計 2644万4026円 1325万0146円

聴力障害について

聴力障害の原因

聴力障害の原因としては様々なものがありますが、代表的なものとしては、内耳振盪症(ないじしんとうしょう)、側頭骨骨折、外リンパ瘻(ろう)があります。

内耳振盪症とは、耳の最も内側にある内耳に通っているリンパ液が、交通事故の衝撃で振動することにより難聴等の聴力障害が発生することです。
側頭骨骨折は、耳周辺の頭蓋骨が骨折することにより、耳の各器官が障害を受け、難聴等を引き起こします。
外リンパ瘻は、内耳の一部に穴があき、中のリンパ液が漏れ出すことをいいます。これにより難聴等が発生します。

また、傷病名が単なるむち打ち(頚椎捻挫、腰椎捻挫等)である場合でも、耳鳴りを伴う場合も少なくありません。
頚椎周辺の損傷により、交感神経の活動が異常化し、耳につながる血管が収縮もしくは拡張することにより生じるものと考えられています。

両耳の聴力障害による後遺障害

聴力障害による後遺障害等級は、純音による聴力レベル(純音聴力レベル)及び語音による聴力検査結果(明瞭度)を基礎として認定されます。両耳の聴力障害の場合は、以下の表のようになります。
なお、聴力はデシベル(dB)で表され、異常が大きいほどデシベル数は大きくなります。

一耳の聴力障害による後遺障害

一耳の場合は、以下のようになります。

平均純音聴力レベル/最高明瞭度 後遺障害等級
平均純音聴力レベルが90dB以上 9級9号
平均純音聴力レベルが80dB以上 10級6号
①平均純音聴力レベルが70dB以上
②平均純音聴力レベルが50dB以上であり、かつ、最高明瞭度が50%以下
11級6号
平均純音聴力レベルが40dB以上 14級3号

聴力障害の検査方法

聴力検査回数は、日を変えて3回行い、2回目と3回目の測定値の平均純音聴力レベルの平均を出します。検査と検査の間隔は7日程度あけます。
また、平均純音聴力レベルは、周波数が500ヘルツ(A)、1000ヘルツ(B)、2000ヘルツ(C)及び4000ヘルツ(D)の音に対する聴力レベルを測定し、以下の式により求めます。
{A+(2×B)+(2×C)+D)}/6
そして、大事なところですが、後遺障害等級の認定のための聴力検査の実施は、症状が固定した後になされます。
難聴や聴力障害は、時間が経つにつれ回復することが見込まれるからです。
もっとも、強烈な騒音を発する場所における業務に従事している場合、症状は漸次進行する傾向が認められることから、聴力検査にあたっては、強烈な騒音を発する場所における業務を離れた後に行うことになります。

本件について

① Xの後遺障害の有無、程度

前提事実として、Xは、純音聴力検査を複数回実施しており、事故直後は以下のように推移していました(単位:回数/dB)

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
73 78 78 63 55 87 80 91 93 88 93
19 20 14 14 15 18 15 17 14 15 13

<X及びYの主張>
Xは、通院先の病院で作成された後遺障害診断書に、上記のとおり90dB以上の検査結果が出ていることを理由に、後遺障害等級9級9号に該当すると主張しました。
これに対して、Yは、4回目及び5回目に行われた検査の平均値が59dBであることから、後遺障害等級14級3号が相当であると反論しました。

<裁判所の判断>
Xは空港に勤務しており給油作業に従事していたが、事故後には仕事中に指示を聴き取ることができなかったために、航空機の出発が遅れると言う事故を発生させるなどしたことから、大型機がなく航空機のエンジン音が静かな別の飛行場に異動することになった。
その後に聴力検査を行ったところ、82.5dBの結果が出ている。
しかし、本件訴訟の本人尋問を行った際は、聴力障害を窺わせるようなことはなかった。 そして、Xの純音聴力検査の結果は、ステロイド剤の投与のころに一時期比較的良好な時期があったものの、それ以外は、一貫して80dB以上であることからすれば、少なくとも後遺障害等級11級に該当するものと認めるのが相当である。

上で述べたとおり、Xは空港で働いていたことから、強烈な騒音を発する場所における業務に従事している場合にあたり、エンジン音が静かな別の飛行場に異動した後の聴力検査が後遺障害認定の資料となっています。

② Xの逸失利益の有無

<Xの主張>
後遺障害等級9級の場合、労働能力喪失率は35%と考えられています。
Xは後遺障害等級9級であることを前提に、労働能力喪失期間を39年間として主張しました。

<裁判所の判断>
Xの右耳の聴力は82.5dBであるが、本件訴訟における尋問状況からすれば、日常生活において格別に不都合が生じているとは考えにくい。
しかし、Xの業務内容からすれば、現在減収は生じていないものの、仕事場を異動していることに照らしても将来の昇進等における不利益の可能性は否定できないこと、法廷での尋問では聞き取りが可能であっても、就労を含む日常生活で支障がないとはいえないことから、後遺障害等級11級相当と認め、労働能力喪失率を20%、労働能力喪失期間を39年間として逸失利益を算定するのが相当である。

コメント

本件は、難聴や耳鳴りを訴えていたXに対して、聴力検査を実施した結果から、後遺障害等級11級を認定し、減収は生じていないものの、今後昇進等に影響が出るなど不利益を生じる可能性があるとして逸失利益を認めた事例です。
Xは空港で働いていたという事情もあり、強烈な騒音を発する場所における業務に従事している場合に該当するとして、異動後の聴力検査の結果が、後遺障害等級の認定の判断要素となったのだと思われます。
そして、実際に減収が生じていなくても、本件のように業務に支障が生じたり異動による不利益が考えられる場合には、逸失利益は認められます。
後遺障害慰謝料や逸失利益をきちんと請求するためには、通院時から適切な検査や診察を受ける必要があります。
後遺障害が取れるか、どのような検査を行えばいいのか、1人では判断が難しいと思います。そのようなことでお困りの際には、是非当事務所にご相談いただければと思います。

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交通事故
外貌醜状
顔(目・耳・鼻・口)
10級
逸失利益

将来のインプラント治療【後遺障害10級相当】

歯牙欠損障害についての裁判例(後遺障害10級相当)

~将来のインプラント治療~(横浜地判平成24年1月26日 )

事案の概要

Xは、自動二輪車に乗り優先道路を進行中、信号規制のない交差点を直進しようとしたところ、交差する劣後道路からY運転の自動車が進入し、交差点内で衝突。
Xは、これにより、歯牙欠損、頭部打撲、顔面打撲、顔面挫創、両膝打撲、左足関節打撲、右上腕打撲の傷害を負ったため、Yに対して損害賠償請求をした。

<争点>
①歯牙欠損及び醜状障害で、逸失利益が認められるか?
②将来のインプラント費用は認められるか?

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 353万9001円 353万9001円
通院交通費 4万9380円 4万8123円
入院雑費 1万6500円 1万6500円
付添費・付添人交通費 8万9380円 8万9380円
休業損害 105万5808円 105万5808円
後遺障害逸失利益 6383万3313円 1392万5885円
入通院慰謝料 255万0000円 230万0000円
後遺障害慰謝料 1296万0000円 550万0000円
慰謝料増額事由 100万0000円 0円
物損 11万4900円 11万4900円
将来のインプラント費用 138万8453円 87万4515円
過失相殺 10%
損害のてん補 ▲546万8979円 ▲546万8979円
損益相殺 ▲450万5236円 ▲450万5236円
弁護士費用 766万2232円 147万0000円
合計 8428万4553円 1621万3485円

判断のポイント

①逸失利益について

本件では、Xは永久歯を10本も失い、これらについてインプラント治療をしています。通常、歯牙に欠損や喪失があったとしても、補綴がなされれば歯の機能は回復するため、大きな問題とはなりません。そのため、多くの場合、適切な補綴が行われていれば、労働能力の喪失が否定されます。とりわけ、インプラント治療は強度的にも審美的にも最高レベルの治療とされているため、余計に認められにくくなります。
また、Xは顔に線状痕などの醜状が残っていますが、この醜状障害についても、機能的には何ら問題ない(働くことに支障はない)として、逸失利益が否定されることが多いです。
しかし本件では、結果的に15%の労働能力喪失を認められました。これは、Xが作業療法士という職業に就いており、肉体労働としての側面があるが、歯を食いしばることができないためこれまでより負担がかかること、顧客との1対1の対応が必要となる対面職業であることから、Xが実際働く上で、支障が出ていることが認められたためです。

②将来のインプラント治療について

基本的に、症状固定後の治療費等については、賠償の対象にはなりません。
それは、症状固定という概念が「これ以上治療をしても変化がない」というものであり、それ以後は治療の必要性がなくなるからです。
しかし、本件では、将来のインプラント費用が認められました。これは、インプラントが永続するものではなく、定期的なメンテナンスが必要と考えられるからです。この点、本件では、歯科医師からインプラントの耐用年数についての意見書が出ており、それによって裁判所は、一度のインプラント治療で20年程度維持されるとするのが相当としました。そのため、Xの年齢と平均余命からすると、あと2回はインプラント手術をする必要があるとして、将来のインプラント費用を損害と認めました。

コメント

本裁判例は、通常では認められにくいものが損害として認められた好例といえます。
後遺障害が認められた場合、賠償金額が大きく跳ね上がるのは逸失利益が認められることによりますが、逸失利益は「この先、障害のために労働に支障が出ること」を前提としているため、障害が残ったとしても、労働に支障が出ないものであれば、認められません。
労働への支障が認められにくいのが、醜状、変形、歯牙欠損等です。

本件では、このうち醜状及び歯牙欠損について、Xの仕事内容を具体的に認定した上で、どのような支障が出ているか、今後どのような支障が出うるかに基づき、逸失利益を認めました。
醜状は、人と会う職業(営業職、接待職)や審美的な要求がされる職業(俳優、モデル等)では認められやすく、歯牙欠損は肉体運動を伴う職業(スポーツ選手等)では認められる余地があります。
本件のXは、作業療法士として訪問リハビリ施術の仕事をしており、顧客と1対1で接し、サービスをすることを求められ、その職務内容には寝ている顧客を持ち上げたり、支えたりするなどの肉体労働も含まれます。これらの点につき、実際に支障が出ていることを丁寧に立証することで、労働能力の喪失が認められたのです。

また、将来のインプラント費用についても、インプラント治療というものの強度や耐用年数を歯科医師に意見書という形で作成してもらうことで、永続はしないこと、最低でも20年に1度のメンテナンスが必要となりうることを認められています。

裁判は、第三者である裁判官に、損害の発生を認めてもらわなければなりません。
そのためには、主張だけではなく立証をきちんと準備することが肝要です。
この事例のように、一般的には難しい補償も、具体的な主張と綿密な立証によって認められる余地は充分にあります。

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交通事故
外貌醜状
神経・精神
顔(目・耳・鼻・口)
因果関係
素因減額

ぶつけていないほうの目も…!?【後遺障害併合7級】

視力傷害、外貌醜状等の裁判例(後遺障害併合7級)

~ぶつけていないほうの目も…!?~(東京地方裁判所平成21年12月10日 )

事案の概要

国道において、Y1運転のタクシーが、駐車あるいは停車中の事業用大型貨物自動車(Xが乗客として乗っていた)の後部に、時速約70キロメートルの速度で追突。XはY1(タクシー運転者)とY2(タクシー会社)に対して、損害賠償請求をした事案。
Xは、外傷性くも膜下出血、左眼球破裂、左頬骨骨折、頸椎椎体骨折、脳挫傷等の傷害を負い、自賠責保険からは、異議申立を経た上で、①左眼球破裂に伴う左眼球の摘出(目脂の腐敗臭、左眼球摘出後流涙を含む。)について、1眼を失明したものとして後遺障害等級8級1号に、②左眼瞼の障害(左眼瞼のまつげはげを含む。)について、1眼の瞼に著しい欠損を残すものとして同11級3号に、③頭部外傷に伴う脳挫傷痕の残存について、局部にがん固な神経症状を残すものとして同12級12号に、④左頬骨骨折後の頬部知覚障害について、局部にがん固な神経症状を残すものとして同12級12号に、⑤鼻骨骨折に伴う骨・軟骨性斜鼻、気管切開術に伴う頸部の瘢痕について、男子の外貌に醜状を残すものとして同14級11号にそれぞれ該当するとして自賠等級併合7級適用に該当するとの判断がなされた。

<争点>
その他の後遺障害(特に右眼の視力低下)がXにあるといえるか
:因果関係の有無、素因減額の可否

<主張及び認定>

主張 認定
入院雑費 22万5000円 22万5000円
通院交通費 3万8480円 3万8480円
付添看護費 34万4500円 34万4500円
通院付添費 10万2300円 10万2300円
逸失利益 1億2656万9633円 3743万1739円
入通院慰謝料 500万0000円 400万0000円
後遺障害慰謝料 2100万0000円 1200万0000円
弁護士費用 1071万8377円 200万0000円

判断のポイント

①外傷のない右眼の視力低下と事故との間に因果関係があるか
②素因減額すべきか
③保険金や年金を損害賠償金の元本に充当すべきか

交通事故による「後遺障害」といえるためには、その残ってしまった症状と事故との間に「因果関係」がある、つまり“その事故から、この症状が生じた”といえる必要があります。
本件では、「右眼の視力が低下したというけれども、右眼はぶつけていないのだから、事故から生じたものとはいえないのでは?」という点が問題となりました。

X側は、右眼の視力低下については、①器質的病変が認められる検査結果は得られていないが、あくまで検査結果として認められていないだけで、現実に器質的病変が存する余地はあるし、仮にそうでなかったとしても、②本件事故により心因性の視力低下を発症したとも考えられる。また、③自賠責の等級認定において、頭部画像上、脳挫傷痕の残遺が指摘されていること、家族の日常生活状況報告書によれば性格変化が指摘されていること、主治医の所見においても、神経学的に明らかにとらえられる後遺症はないが、本人の話から総合的に判断すると、性格変化の可能性があると指摘されていることからすると、本件事故により、原告に高次脳機能障害が残存し、そのために右目の視力が低下したと考えることもできるし,④①~③の事情が複合的に作用し、このような症状が生じたと考えることも十分可能であるとして、様々な角度から因果関係があることを主張しました。

これに対し、裁判所は、②事故により心因性の視力障害を発症したものと判断しました。
具体的には、右眼について器質的病変は認められないものの、(ⅰ)心因性視力障害の特徴とされる求心性視野狭窄や螺旋状視野の所見がみられ、視力の測定値が変動していること等から、心因性の視力低下であると認めることが相当であるとしたうえで、(ⅱ)右眼の視力低下は事故の発生及び事故による傷害を契機として出現していることは明白であること、本件事故の態様は激しいものであったこと、Xは事故により重篤かつ多数の傷害を負ったものであり、特に左眼を摘出して失明するという深刻な傷害を負い、その後もこれに付随して症状が継続していること、Xが本件事故により甚だしい衝撃・苦痛を受け、かつこれが継続していることは明らかであるとして、本件事故と右眼視力低下との間に相当因果関係を認めたのです。
つまり、裁判所は、Xの右眼の視力低下は(ⅰ)心因性のものであること、(ⅱ)事故によって引き起こされた心の状態が視力低下の原因となったと判断しました。

また、本件では「素因減額」も問題となりました。
「素因減額」とは、要するに“被害者側の要因で損害が大きくなっている場合には、その分加害者が払うべき賠償額は少なくする”という考え方です。「心因性」も“被害者側の要因”といえるのではないかということで、本件でも問題になったのです。
本件では、裁判所は、慰謝料(カ・キ)や逸失利益(オ)の算定にあたり、右眼の視力低下にはXの神経質な性格など本件事故以外の要因が寄与していること等を考慮しましたが、その他の項目を含めた全体について「素因減額」はしないとしました。

外傷による症状のように分かりやすいものではなく、「心因性」による症状となると、そもそも因果関係が認められないとする裁判例もあります。
また、因果関係が認められたとしても、「素因減額」すべきとする裁判例もあるのです。

さらに、本件では、Xがもらった保険金や年金が損害の“どこ”に充当されるべきか問題となりました。
Xは自賠責保険、労災保険、国民年金及び厚生年金から、Xに残ってしまった障害の重さに応じた保険金や年金を受け取っていました。このような保険金や年金は、Xに生じた“損害の穴”を“埋める”ものであるため、法的にYに請求できる損害賠償金はその分“減る”と考えられます。
ただ、“損害の穴”には2つあり、1つは損害賠償金の「元本」、もう1つは「遅延損害金」と呼ばれています。「遅延損害金」は簡単に言えば、損害賠償金に生じる“利息”のようなものです。法的には、事故が発生した瞬間から、加害者は被害者に対して、損害賠償しなければならず、損害賠償金の「元本」について、事故発生日から“利息”のように「遅延損害金」が少しずつ発生するのです。
保険金や返金が「遅延損害金」の穴を埋めるものだとすれば、損害賠償金の「元本」は減らないので、そこにまた「遅延損害金」が発生していくことになり、最終的な損害賠償額(損害賠償金の元本+遅延損害金)は大きくなります。反対に、損害賠償金の「元本」の穴を埋めるものだとすれば、損害賠償金の「元本」が減るので、そこから発生する「遅延損害金」も小さくなり、最終的な損害賠償額が小さくなるのです。
Xとしては、保険金も年金も「「遅延損害金」の穴を埋めるものだ!」と主張しましたが、裁判所は、①自賠責保険からの保険金については「不法行為に基づく損害賠償債務の支払の性格を有する」ので、「遅延損害金」の穴を埋めるものだが、②労災保険や国民年金、厚生年金からの年金については、「いずれも加害者の損害賠償責任を前提とするものではなく、支給額全額が労働者や受給権者に生じた障害に対する給付」であり、「これらの給付がされた場合は、給付者である政府はその給付の価額の限度で損害賠償請求権を取得することとされ……、給付額の一部が損害賠償金の遅延損害金に充当されることを予定しているとは解されない」として、損害賠償金の「元本」の穴を埋めるものと判断しました。
裁判所の判断の前提として、事故の「損害賠償」としてなされた支払いは、まず、「遅延損害金」の穴を埋めるという考え方があります。自賠責保険からの保険金は、「損害賠償」の性質があるけれど、労災保険等からの年金は「損害賠償」ではないし、また、労災保険等からの年金の場合、「支払を受けた分だけ、加害者に損害賠償請求権できる立場が被害者から政府に移る」という仕組みになっていることを考えても、労災保険等からの年金は損害賠償金の「元本」の穴を埋めるものと考えるべきと、裁判所は判断したのです。

どのような理屈で「因果関係」が認められるか、どのような事情があれば「因果関係」が認められるか、弁護士でも見通しが難しいことがあります。
それに加え、本件ではもう一つのハードルとして「素因減額」の可能性が立ちはだかりました。このような場合に、最終的に勝ち取れる金額をあらかじめ見通すことは極めて困難です。
しかし、本件のように訴訟提起したことにより、自賠では認められなかった症状(右眼の視力低下についても、「後遺障害」として裁判所に認めてもらい、併合の等級も1つ上がることもあるのです。
必ずしも成功することばかりではありませんが、適切な賠償を目指す場合には、難しい問題や高いハードルにもチャレンジしていく必要があるということが分かりますね。
チャレンジしたい!そんなときは、ぜひ当事務所にご相談ください。全力でサポートさせていただきます。

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交通事故
神経・精神
顔(目・耳・鼻・口)
4級
因果関係
未成年

事故と早産の影響【後遺障害4級相当】

聴覚障害、精神発達遅滞等の裁判例(後遺障害4級相当)

~事故と早産の影響~(東京地判平成4年11月13日)

事案の概要

Yは2トン車両で制限速度時速40キロメートルの道路を、時速約50キロメートルで走行中に前方不注意により被害車両に追突した。被害車両は追突の衝撃でさらに前方車両へ衝突し、玉突き事故となった。
なお、被害車両にはAが乗車しており、AはXを身ごもっていた。
事故から約2ヵ月後に、AはXを妊娠7ヶ月で出産したが、Xは難聴及び精神発達遅滞等の障害を有していた。
Xは同障害を事故によるものであるとして、Yに損害賠償の請求をした。

<争点>
・Xの障害が、本件事故によって発生したものといえるか
・Xの労働能力喪失率はどの程度か

<主張及び認定>

主張 認定
逸失利益 2724万7631円 1777万1372円
後遺障害慰謝料 1373万0000円 600万0000円

判断のポイント

Xの障害が、本件事故によって発生したものといえるか

本件は、事故時に胎児だったXが、障害をもって産まれたことで、同障害は事故によって生じたものであるという主張がなされ、裁判所はこれを認めました。
事故の加害者に対する損害賠償請求が認められるためには、その損害が事故によって発生したものであるという因果関係の立証が必要になります。
そしてこの因果関係の立証は、事故から時間が経てば経つほど難しくなるのが通常です。
本件では、
①事故によって、早産となった
②早産によって、障害が生じた
という二つの因果関係を立証することによって、障害の発生と事故との因果関係を結びつけることに成功しました。

①事故によって、早産となったこと
本件では、Xは妊娠7ヶ月で誕生しており、これは明らかに早産であるといえます。
したがって問題は、この早産が事故の影響によるものといえるかどうかという点です。
本件では、まず、事故前には母子ともに健康で、特段の異常はないことが確認されています。
そのような状況の中、2トン車が時速50キロメートルで追突をし、かつ玉突き事故になっているという本件事故状況からすると、Aには相当強度な衝撃が加わったと裁判所は推察しました。
また、Aは、本件事故前は健康であったにもかかわらず、本件事故後に性器出血、腹部の緊張、下腹部痛等の異常が出現していました。これらの異常は一時的におさまるも、結局事故から2ヵ月後、Xは妊娠7ヶ月で産まれるに至っています。
これらの事実からすれば、Xの早産は、本件事故による母体Aへの衝撃が影響しているといえ、Xは本件事故によって、早産となったと認定されました。

②早産によって、障害が生じたこと
Xの障害は、聴覚障害、言語発達遅滞及び精神発達遅滞です。
これらの障害について、脳や鼓膜に器質的損傷はなく、事故の衝撃で直接Xが怪我を負った、障害が発生したと考えるのは、難しいところです。
しかし、X及びAの診察をした医師らは、「未熟児が感音性難聴になる比率はきわめて高い」「低体重出生の場合、先天性難聴の発症が普通の10倍になる」ことに加え、Xが仮死状態であったことから「仮死状態での出産は脳の酸素欠乏状態が継続することにより高度難聴や精神運動発達遅滞となる確率が高い」と意見を述べました。
これらの意見によれば、Xの障害は、未成熟児として仮死状態での早産が原因であるとは、医学上いえそうだということになります。

裁判所は、上記①及び②を認定することによって、Xに生じた障害はつまるところ事故によって発生したものであるという、因果関係を肯定しました。

Xの労働能力喪失率はどの程度か

Xに事故による障害が残存し、これが治癒の見込がないのであれば、通常の交通事故受傷と同様に、後遺障害の判断をすることになります。
本件では、Xは生まれながらに障害を負うこととなり、聴力は全周波数域で80デシベル以上の損失であり、知能指数は3歳11ヶ月の時点でIQは60~69程度となっている。
これらの症状について、裁判所は後遺障害等級の4級に相当すると判断しました。

ここで問題となるのは、Xの労働能力喪失率です。
成人が後遺障害を負った場合には、その時点から労働能力の喪失が認められ、将来得られるはずだった賃金について逸失利益が生じます。しかし、本件ではXは未だ3歳11ヶ月であり、実際に(年齢的に)労働に従事することができるようになるまでには、かなりの期間を要します。したがって、必ずしも現在時点での障害の程度が、将来の労働に影響するとはいえないことになるのです。
本件で裁判所は、「難聴自体には改善の可能性はほとんどみられない」としつつ、「比較的早期の時点から、難聴や精神発達遅滞の用事・自動のための専門的施設で教育・訓練を受けていることが認められることから、その将来の労働に従事する年齢に達した際の労働能力の低下やこれに伴う収入減については、通常人に比して60パーセントが減じられたものとみるのが相当」と認定し、労働能力喪失率を60%と判断しました。
通常、自賠責保険においては、後遺障害4級であれば92%もの労働能力喪失が規定されています。しかし本件では労働可能年齢になるまでに相当の訓練をすることが可能である点から、労働能力喪失率が再検討されたものです。

コメント

日本の民法上、権利の主体となるためには、原則として出生することが求められます。
つまり、胎児の状態では、どのような障害が生じたとしても、胎児からの損害賠償請求はできないのです。
他方で、事故から時を経て出生してからの請求では、因果関係の判断がぼやけてしまうという難点があります。事故の衝撃で直接頭蓋骨が割れた、等であれば因果関係の判断はしやすいですが、そうでないとすると「果たして事故の影響なのか」という点の立証は簡単ではありません。
本件では、直接事故の衝撃で障害が生じた、という認定ではなく、事故の衝撃で早産となり、早産となった影響で障害が生じた、という認定がなされています。このような細かい分析によって、事故との因果関係の立証に成功しているのです。

胎児の問題に限らず、「事故によるものといえるかどうか」という問題は多くあります。
さまざまな要素が絡む難しい問題ではありますが、詳細な分析のもとに主張を組み立てることで認定を受けることができる場合もあります。
本判例は、労働能力喪失率の認定の点では、被害者側としては釈然としない認定ともいえますが、因果関係判断については詳細な分析をした好例といえるでしょう。

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交通事故
顔(目・耳・鼻・口)
10級
併合

どこまでが事故による傷害か【後遺障害併合10級】

咀嚼機能障害等の裁判例(後遺障害併合10級)

~どこまでが事故による傷害か~(東京地判平成25年11月25日)

事案の概要

信号機による交通整理が行われておらず見通しの利かない交差点で、X運転の自転車とY運転の原動機付自転車とが出合い頭に衝突した事故。
Xは、右オトガイ部骨折、左下顎枝骨折、左下第一小臼歯破折の傷害を負い、労災による後遺障害認定で併合10級の認定を受けた。

<争点>
・本件傷害は本件事故によるものか(因果関係)
・X側の過失割合(過失相殺)

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 184万7853円 184万7853円
入院雑費 1万6500円 1万6500円
通院交通費等 3万6160円 8520円
休業損害 382万3047円 214万3433円
後遺障害による逸失利益 1512万8546円 1358万4175円
入通院慰謝料 223万円 58万円
後遺障害慰謝料 550万円 550万円
小計 2368万0481円
過失割合 1420万8287円(4割)
弁護士費用 260万円 118万円

判断のポイント

・因果関係:資料に基づく認定
・過失割合:損害の公平な分担

本件では、Xの身体に、Yの原動機付自転車が接触したことはないことから、Y側は、そもそもXの傷害は本件事故によって起きたものではないと主張しました。
これに対して、裁判所は、①Xが本件事故時に自分の運転する自転車のブレーキ等に顔面を強打したこと、②Xは本件事故の直後に医療機関に受診し、本件事故当日には骨折が認められたこと、③Xの自転車は、Yの原動機付自転車との衝突により右方向に進み、かご、ハンドル、ブレーキ等が曲がっており、Xは,Y車両との衝突により相当の衝撃を受けたということができること、④Xは、本件事故の前から継続的に歯科治療を受けていたものの、本件事故の前に、右オトガイ部骨折、左下顎枝骨折、左下第一小臼歯破折が認められたことはなく、オトガイ部周辺のしびれ等を訴えることもなく、かみ合わせやそしゃくについて医学的に問題があるとは見受けられなかったこと、⑤本件事故の他に前示受傷の原因は見当たらないこと等に照らすと、Yの主張は失当であると判断しました。

交通事故による怪我は、なにも自動車などが直接ぶつかって生じたものに限られません。本件のように、相手の車両とぶつかった時に、自分の車両の一部に当たったことで生じたものでもいいのです。
このように相手が直接ぶつかった箇所でなくとも、「因果関係」さえ認められれば、交通事故による怪我として認められます。
ただ、この「因果関係」が曲者なのです。加害者が認めていない場合、被害者の言い分だけではこの「因果関係」も基本的には認められません。被害者は「当事者」なので、どうしても“客観的な”資料とはいえないからです。
「因果関係」が認められるためには、分かりやすく言えば、何も知らない第三者から見て、「ああ、こういう事実があるということは、この事故からこの怪我が発生したんだな。」と思わせるような事実を、資料に基づいて示していかなければならないのです。本件では、Xがブレーキ等に顔面をぶつけたこと、事故後当日に骨折が認められたこと、ブレーキ等が曲がっていたこと、事故前の歯の治療では顎の骨折やしびれ、かみ合わせ等に問題がなかったこと等の事実を、X側の提出した証拠資料から裁判所が認められると判断した結果、「この事故からこの怪我が発生したんだな。」と裁判所に思わせることができたのです。
「事故や怪我のことを一番よく知っているのは、被害者なのに!被害者の言い分だけで認められないのはおかしい!」とお思いになられる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、裁判所は、全く事故のことを知らない第三者です。そして、法律的な考え方を使って、全く知らない事故について判断しようとしている人たちなのです。そのような裁判所や法律的な考え方との特徴を正確に理解した上で、適切な主張立証をしていくことが非常に重要になってきます。

また、本件では、X車両が走行していた道路に一時停止規制があったこと等から、Y側はYに過失がないこと、あったとしてもX側の過失が8割あるのでその分損害賠償額も過失相殺されるべきと主張しました。
これに対して、裁判所は、X車両の進路に一時停止の交通規制がされていたなどの本件事故の態様や本件交差点の状況等を考慮すると、X側の過失は4割が相当であると判断しました。

確かに交差点において一時停止規制がある道路を走っているほうがその規制を守らなかったことから「悪い」というイメージがあるかもしれません。そのようなイメージからすると、X側の過失が4割で、Y側の過失6割よりも小さいことには納得がいかない方もおられるかもしれませんね。
しかし、過失相殺というものは、「損害の公平な分担」という考え方に基づいて認められるものです。つまり、被害者の方に発生してしまった損害について、被害者の方にも「落ち度」があった場合には、一定程度損害を分担させるのが「公平」ではないかという考え方に基づいているのです。どういう場合にどの程度の過失割合とするのが「公平」なのかという観点から、過失割合は考えられます。本件では判決文の中に明示的に「公平」という言葉が出てくるわけではありませんが、過失割合というものと語る以上、当然の前提として「損害の公平な分配」という考えがあるものといえるのです。
このように一般的な、直感的なイメージと、法律の世界での考え方には乖離があるかもしれません。ですが、きちんと色々な場合を想定して理屈が立てられているのです。

いずれにしても、法律的な根拠に基づいて相手方に請求していく、言ってみれば“裁判所を味方につけて”相手方に請求していくには、法律的な考え方に精通した専門家の力が必要な場合が多いといえます。

適切な賠償を得るためには、このように“裁判所を味方につけた”法律的な考え方が極めて重要です。
ぜひ当事務所にご相談ください。きっとお手伝いできることがあることと思います。

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