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裁判例: 交通事故

交通事故
顔(目・耳・鼻・口)

閉ざされたソムリエの夢【後遺障害併合11級】

嗅覚障害等についての裁判例(後遺障害併合11級)

~閉ざされたソムリエの夢~(東京地判平成25年11月13日)

事案の概要

信号機のある交差点を右折しようとしたA運転のタクシーに、対向方向から直進してきたX運転の普通自動二輪車が衝突。XはY1(タクシー会社)とY2(Y1の自動車保険会社)に対して、損害賠償請求をした事案。
Xは顔面骨多発骨折、歯牙損傷、脳挫傷(味覚・嗅覚麻痺)等の傷害を負い、事前認定において自賠責保険から、①嗅覚障害につき嗅覚脱失といえるので後遺障害等級12級、歯牙破折による歯牙障害について後遺障害等級13級5号、顔面部の醜状障害について後遺障害等級14級10号に該当するとの判断がなされた。

<主な争点>
事故態様、過失相殺の有無
Xの被った損害額

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 182万3834円 179万1394円
入院付添費 26万0000円 6000円
入院雑費 9万0000円 9万0000円
交通費 107万8600円 15万9290円
文書料 19万1100円 19万1100円
休業損害 603万1362円 551万1010円
傷害慰謝料 213万6880円 213万6880円
後遺障害逸失利益 1352万8056円 946万9639円
後遺障害慰謝料 546万0000円 500万0000円
弁護士費用 198万4445円 110万0000円

判断のポイント

後遺障害と逸失利益:障害の内容と仕事の内容

逸失利益とは、“後遺障害が残らなかったら、(もっと)稼げたはずの収入”です。
逸失利益が認められるためには、被害者の方の仕事に、後遺障害が“関係する”必要があります。つまり、“その後遺障害が残ってしまったせいで、その仕事をするときに困るだろう”といえるような関係が必要なのです。変な話かもしれませんが、例えば「匂いが分からなくても問題なく働けるでしょ」と言われてしまうようなお仕事の場合、嗅覚障害による逸失利益は認められないのです。

本件では、Xに、①嗅覚の障害、②歯の障害、③顔の傷痕という3つの後遺障害が残ってしまいました。
X側は、①Xには、料理界で独立し、和食の飲食店を開店するという夢があり、日本酒ソムリエの資格取得を目指すとともに、有名な焼き鳥店に勤めながら努力してきたが、本件事故で嗅覚障害が残ってしまい、もはや料理の世界で働くことが不可能になった、②Xは現在、3トン貨物トラックで酒箱を配送する肉体労働の仕事についているが、咬合せの異常のために正常に歯を噛みしめることができず、異常な噛みしめを行っているせいで腰痛が生じている、③Xの顔の傷痕は、対人折衝や勤務先での評価等に影響を及ぼし、不利益を生じさせるおそれがあるほか、選択できる職業の範囲を狭め、将来の再就職に問題を生じさせたり、減収を生じさせる可能性や仕事の能率や意欲を低下させる可能性があるとして、①~③合わせて20%の労働能力喪失率が認められるべきと主張しました。

これに対して、裁判所は、以下のように判断しました。
①Xが和食の飲食店を自ら開店する夢を持ち焼き鳥店で働いていたと認められるので、Xは、焼き鳥店での勤務や、将来の和食の飲食店の開店に不可欠ともいえる嗅覚脱出に陥ったということができ、そのせいで焼き鳥店での勤務や将来の和食の飲食店開店を断念しなければならなくなったということができる。そうするとXには、嗅覚障害によって労働能力を一部喪失したものと評価すべきであり、その喪失率は14%に及ぶものとするのが相当である。
もっとも、②歯の障害については、Xが現在3トン貨物トラックで酒箱を配送する業務に従事しているとしても、咬合い時に痛み等が認められない状況にあると認められるから,これにより将来にわたる労働能力を喪失したと認めることまではできない。
③顔の傷痕については、裁判所は特に判断を示していませんが、②歯の障害と同じように、Xが今後働く上で“困る”ことにはならないと判断したのでしょう。

このように嗅覚障害でXは仕事で“困る”ことになるとして、裁判所は嗅覚障害による逸失利益を認めました。料理に携わる上で、嗅覚は不可欠な要素といえるので、みなさまも納得の結果ではないでしょうか。
実は、裁判所は、後遺障害の慰謝料のところでも、料理界で生きていく夢を絶たれたXの無念を評価しています。
11級の後遺障害の場合、基本的には420万円という金額の慰謝料を認めるのが裁判所の基準となっています。しかし、本件では、Xの無念を考慮して500万円の慰謝料を裁判所が認めているのです。

どういう障害が、その仕事において、どういう風に“困る”ことになるのか、適切に主張していくことが、適正な賠償を得るためには重要です。
また、本件では、後遺障害の中でも嗅覚障害がポイントとなり、逸失利益としてだけでなく、後遺障害慰謝料の増額事由として、Xの損害賠償請求に大きく貢献しました。
様々な角度から後遺障害というものを考える必要があるということですね。

後遺障害が認められたら自動的に充分な賠償が受けられるわけではありません。
適切な観点からの適切な主張立証で、みなさまが適正な賠償を受けられるように力を尽くしていきたいと思っております。

ぜひお気軽に当事務所にご相談ください。

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交通事故
顔(目・耳・鼻・口)
9級

主婦による家事の内容を具体的に認定した例【後遺障害9級相当】

嗅覚、聴覚障害等についての裁判例(後遺障害9級相当)

~主婦による家事の内容を具体的に認定した例~(東京地判平成6年10月4日)

事案の概要

Xは、足踏自転車に乗り信号規制のない交差点を直進しようとしたところ、交差道路からY運転の乗用自動車が直進してきたため、交差店内で衝突。
Xは、これにより脳内出血、肝機能障害、嗅覚障害、聴覚障害等の残存を受けたため、Yに対して損害賠償請求をした。

<主な争点>
原告の後遺障害等級は何級か?
①平衡感覚障害について
②嗅覚障害について
③肝機能障害について
④聴覚障害について

<主張及び認定>

主張 認定
治療関係費 203万4415円 203万4315円
療養看護費 1065万0000円 786万1933円
逸失利益 1811万2847円 699万6520円
傷害慰謝料 500万0000円 400万0000円
後遺障害慰謝料 1200万0000円 550万0000円
過失相殺 10%
弁護士費用 477万8000円 150万0000円

判断のポイント

原告の後遺障害等級について

本件事故は、交差点で自転車と自動車が出合い頭に衝突するという形態で、Xは硬膜外出血及びこれによる脳幹圧迫、頭蓋骨骨折の重傷を負いました。
これらによって、様々な後遺症が生じているため、それぞれがどの程度の傷害として認められるか、そしてその結果を総合するとXにはどの程度の補償が相当かという点が問題となりました。

1 平衡感覚障害について

Xは、硬膜下血腫除去手術後に脳波異常が見られ、手術の際の頭皮切開に起因する右後頭神経痛が認められ、訴訟以前に12級の認定を受けています。
しかし、Xはこれのみではなく、錐体骨骨折に基づく平衡感覚異常や、これに起因する内耳性めまいなども認められ、これらの症状によって家事をするにも時々転倒するなど十分な動きができない事実がありました。裁判所は、Xが専業主婦であり、体を常に動かす作業を行う必要があり、特に拭き掃除の場合は、頭位を終始動かす必要があり、これによってめまいが生じるということを重視し、12級よりも重度の平衡感覚障害があると認めました。

2 嗅覚障害について

Xは、本件事故による頭部の外傷により、嗅神経が切断され、それにより嗅覚を喪失していました。これにより、訴訟以前に後遺障害12級相当と判断されており、裁判所もこれと同様の判断をしました。

3 肝機能障害について

Xは、硬膜下血腫除去手術の直後に薬物投与による肝炎を引き起こし、結果として血液中の血小板の量が通常の6分の1程度まで減少してしまいました。この血小板の減少については、訴訟以前には後遺障害には該当しないという判断がされています。
しかし、裁判所は、血小板が減少すると少しの打撲や接触でも皮下出血(あざ)が生じてしまうことから、Xが専業主婦として身体を常に動かす作業に従事し、家具や買い物袋等との接触が多々あることと考え合わせれば、血小板の減少はXの労働能力に直接の影響を与えるものであると認め、12級に相当する後遺障害であると認定しました。

4 聴覚障害について

Xは錐体骨骨折に伴って、難聴となっており、聴覚検査の結果平均50デシベル程度の聴力となっていました。
もっとも、Xは、日常生活において終始不便であるとまではいえないと感じており、この点を斟酌して、裁判所は、聴覚障害については14級と認めました。

5 総合判断

以上からすると、Xに認められる後遺障害は12級が2つ、14級が1つ、12級より重度のものが1つとなります。
裁判所は、これらの等級を単純に後遺障害等級の規定によって併合するのではなく、総合考慮とした上で、Xは本件事故により9級に相当する後遺障害を残したと認めました。

コメント

本件事故は、昭和61年のものであり、本裁判例で言及されている後遺障害等級は現行のものとは異なります。
しかし、本裁判例がXに残存した障害の重さを認定する上でのプロセスは今でも通ずるものがあります。
本件で、裁判所は、Xの傷害内容や残存する症状を丁寧に認定しましたが、その後、それらの症状がXにとってどのような影響を持つのか、という点にさらに踏み入って判断しています。本裁判例では最終的に、専業主婦であるXにとっては、料理をする際に嗅覚が重要であり、実際にXが事故後なべを焦がすなどしていたことから、労働能力喪失が大きいと考え、9級相当としています。
通常の事務作業等をする会社員などでは、このような認定はされなかったかもしれません。

このように、後遺障害の重さは、その個人にとってどのような意味を持つ傷害なのかをしっかりと認定してもらわなければなりません。
そして、そのためには、残存障害によって日常生活や日常業務にどのような影響が出ているかを、きちんと主張、立証する必要があるといえます。

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交通事故
外貌醜状
顔(目・耳・鼻・口)
8級
併合
逸失利益

損害拡大防止義務と外貌醜状等の逸失利益に関する裁判【後遺障害併合8級】

醜状障害の裁判例(後遺障害併合8級)

損害拡大防止義務と外貌醜状等の逸失利益に関する裁判例(横浜地裁平成29年12月4日判決)

事案の概要

ハーフヘルメットを着用して原付バイクを運転していた20歳男性のXが、交差点で停止している先行車の左側を通過した際、対向車線から交差点を右折してきたY運転乗用車と衝突し、上顎骨骨折、顔面挫傷、口唇裂傷、多発歯牙欠損等の傷害を負い、後遺障害が残存したため、Yに対して損害賠償を求めた事案。
Xは、自賠責保険から、顔面部の外貌醜状につき9号16号、歯牙障害につき12級3号に当たるとして、併合8級の後遺障害認定を受けた。

<争点>
1 Xが着用していたのがハーフヘルメットであったことが損害を拡大させたといえるか
2 外貌醜状及び歯牙障害の後遺障害に逸失利益が認められるか

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 674万9290円 458万5238円
付添看護費 48万7500円 12万3500円
入院雑費 2万8500円 2万8500円
通院交通費 10万5630円 8万5730円
休業損害 197万0000円 172万2600円
逸失利益 4191万9326円 0円
入通院慰謝料 238万4666円 220万0000円
後遺障害慰謝料 830万0000円 1030万0000円
慰謝料増額 213万6933円 0円
将来治療費 310万4517円 54万6121円
小計 6718万6362円 1959万1689円
過失相殺(40%) ▲783万6675円
既払金 ▲839万6072円 ▲839万6072円
弁護士費用 453万5301円 35万0000円
合計 4988万8319円 370万8491円

判断のポイント

1 被害者側の損害拡大防止義務について

(1)損害拡大防止義務とは
損害拡大防止義務とは、損害軽減義務ともいい、交通事故の被害者側が負う、発生する損害をむやみに拡大させない義務のことをいいます。
この義務は、被害者が、ある行動を取っていれば、損害の拡大を容易に防止できたにもかかわらず、その行動を取らなかったことで損害が拡大した場合は、拡大した分の損害は被害者が負担すべき、という考え方に基づくものです。法律に規定されているものではありませんが、当事者間の損害の公平な分担という損害賠償制度の趣旨から認められるものであり、実際の裁判例でも、被害者側の損害拡大防止義務について判断したものが多数存在します。
損害拡大防止義務違反の例として、医療機関への通院手段として、電車などの公共交通機関が利用可能であり、傷害の程度からも利用することに特段支障がなかったにもかかわらず、毎回の通院にタクシーを利用したという場合が考えられます。この場合、タクシー代と電車代との差額分は、被害者があえて損害を拡大させたものとして、裁判でも、被害者が負担すべきと判断される可能性があります。
また、損害拡大防止義務違反は、乗用車の運転手がシートベルトの不着用が原因で大怪我をした場合など、事故当時に、被害者側に損害拡大の原因が存在した場合にも認められることがあります。その場合は、その原因を考慮して過失割合を修正することで調整され、本件の事案でも、過失割合の判断においてこれが問題となりました。

(2)本件について
本件のような、交差点における直進のバイク対右折の四輪車の事故の場合、事故態様別に過失割合が掲載されている、別冊判例タイムズ第38号という書籍では、バイク15%:四輪車85%が基本的な過失割合とされています。
しかし、本件の事案では、裁判所は、Xが事故当時着用していたヘルメットが、フルフェイスタイプではなく、ハーフタイプのものであったことが、Xが顔面や歯牙を負傷し、損害が拡大したことの大きな原因の1つとなったとして、過失割合をX 40%:Y 60%と、Xに不利に修正して認定しました。
主に頭頂部からこめかみ付近までが保護範囲となるハーフタイプのヘルメットは、これを着用していれば、道路交通法上は、ヘルメットの着用義務違反にはならないのですが、確かに顔面部まで覆うフルフェイスのヘルメットよりも頭部を保護する範囲が限定されており、顔面部は無防備な状態となってしまいます。
とはいえ、ハーフヘルメットも一定の頭部の保護機能を備えているのであり、バイク事故によって頭部を負傷した場合でも、ハーフヘルメットの着用が必ずしも被害者の損害拡大義務違反に直結するものとはいえません。この裁判例の約1か月後に出された京都地裁平成30年1月11日判決では、本件と同様ハーフヘルメット着用の被害者が、事故によって側頭部を打ちつけて、脳挫傷や急性硬膜下出血等の傷害を負った事案について、被害者にフルフェイスヘルメットを着用する義務があったとまでは認められないとして、ハーフヘルメット着用による損害拡大義務違反を否認しました。

2 外貌醜状及び歯牙障害の後遺障害逸失利益について

顔面部に傷跡が残る外貌醜状や、歯が欠ける・失われる歯牙障害などの後遺障害は、一般的に、モデルや料理人など外貌や食感等が重要になる職業でない限り、労働能力への影響に乏しい後遺障害と捉えられています。そのため、仕事への影響によって生じる逸失利益損害が認められるかどうかについて、当事者間で頻繁に争いが生じます。
本件で裁判所は、Xの主な仕事が、木箱等の梱包作製であり、顧客との交渉等が必要となる部分があるとしても、外貌や歯牙の後遺障害が仕事の内容や収入に直接影響する職種ではないことや、事故後に転職をして、収入が増加していることなどから、労働能力の喪失による逸失利益損害の発生は認められないと判断しました。
しかし、後遺障害等級が認定されるような顔面部の醜状は、対人関係において、その人の印象に影響を与えることは否定できず、本人が仕事相手との人間関係を構築するのに萎縮してしまうなど、仕事そのものがうまくいかなくなる可能性は十分にあります。また、Xは事故当時20歳と若く、将来、転職して営業職に就く道を選びたいと考えたとしても、醜状が足かせとなって、職業選択の自由が制限されてしまいます。
この点について、さいたま地裁平成27年4月16日判決は、事故当時39歳であった貨物自動車の運転手である被害者の外貌醜状の逸失利益について、「男性においても外貌醜状をもって後遺障害とする制度が確立された以上,職業のいかんを問わず,外貌醜状があるときは,原則として当該後遺障害等級に相応する労働能力の喪失があるというのが相当」と判断しています。

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交通事故
下肢
外貌醜状
12級
逸失利益

右下腿瘢痕の痛みにつき17年間5%の労働能力の喪失を認めた裁判例【後遺障害12級】

醜状障害の裁判例(後遺障害12級)

右下腿瘢痕の痛みにつき17年間5%の労働能力の喪失を認めた裁判例例(金沢地方裁判所判決 平成29年1月20日)

事案の概要

駐車場内のX運転の原付自転車に、Y運転の普通乗用車が衝突したという交通事故により、右下腿打撲皮下血腫等の傷害を負ったXが、Yに対し損害賠償を求めた事案。
Xの右下腿に残存した瘢痕については、自賠責保険から、醜状障害として後遺障害12級の認定を受けていた。

<争点>
醜状障害及びそれに伴う痛みによる労働能力の喪失の有無

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 98万2493円 98万2493円
入院雑費 12万3000円 12万3000円
通院交通費 3920円 3920円
家屋改造費等 55万3350円 0円
文書料 12722円 12722円
休業損害 289万3800円 145万0897円
逸失利益 631万4657円 199万9574円
入通院慰謝料 150万0000円
後遺障害慰謝料 290万0000円
慰謝料 450万0000円
物損 3万5826円 3万5826円
小計 1531万9768円 910万8432円
損害の填補 ▲344万0000円 ▲344万0000円
弁護士費用 118万0000円 56万0000円
合計 1305万9768円 622万8432円

判断のポイント

1 醜状障害の逸失利益について

(1)醜状障害の内容
事故によって外傷を負い、その傷痕が残ってしまった場合、その傷が残った部位や大きさ、長さなどによって、醜状障害として後遺障害が認められる場合があります。
たとえば、顔面部に鶏卵大面以上の瘢痕が残り、それが人目につく程度のものである場合は、「外貌に著しい醜状を残すもの」として、後遺障害等級第7級12号が認定されることになります。また、外貌以外の上肢の露出面(上腕から指先まで)、下肢の露出面(大腿部から足の甲まで)に瘢痕などが残った場合も、その大きさによって、後遺障害等級第12級や第14級が認定されることがあります。

(2)逸失利益が認められるか否か
醜状障害については、直ちに身体の機能を制限するような後遺障害とはいえず、芸能人やモデルなど、容姿が重視される職業以外では、労働能力の喪失がないとして、逸失利益が否定されるのではないか、という問題があります。示談交渉段階では、相手方の保険会社は、基本的に醜状障害による逸失利益を否定しにかかってくることがほとんどです。
しかし、たとえ直接身体機能に制限が生じなくとも、醜状の存在によって、就職が不利になる、配置転換を強いられるなど直接的な影響が生じ得ます。また、対人関係や対外的な活動に消極的となり、労働意欲、ひいては昇進にも響くなど間接的な影響が生じることも考えられます。そのため、醜状障害だからといって、一概に逸失利益が否定されるべきではありません。
過去の裁判例では、醜状障害による労働への影響はないとして、逸失利益を否定するものも相当数あります(そのような場合、後遺障害慰謝料の増額事由として考慮するというものが多いです)。他方で、外貌醜状があるときは、職業を問わず、原則として等級に相応した労働能力の喪失があると判示した最近の裁判例もありますが(さいたま地裁平成27年4月16日判決)、実際の裁判では、被害者の年齢や性別、職業、醜状の程度、実際の仕事への具体的な影響などの様々な事情を考慮して、労働能力の喪失の有無や程度が認定されることになります。

2 本件について

(1)裁判所の判断
本件では、Xの右大腿部には、手のひらの大きさの3倍程度以上の瘢痕が残り、この瘢痕について、自賠責保険から醜状障害として後遺障害等級第12級の認定を受けたことや、醜状障害に加えて痛みなどの症状も残っているとして、Xは、12級の場合の目安である14%の労働能力喪失率を主張しました。
これに対して、Y側は、Xに認められた後遺障害が醜状障害のみでありXの仕事(家事労働や食品の委託販売業)には影響を及ぼさず、また、痛みについては後遺障害として認定されていない以上、労働能力の喪失はないと反論しました。
この点について、裁判所は、Xの右大腿部の瘢痕の醜状障害は、Xの家事や食品委託販売業の労働能力に直接影響するものではないとして、醜状障害そのものによる逸失利益は否定しました。他方で、Xが事故後に歩行や長時間立っていると痛みを訴え、その症状が継続していることなどの事情から、瘢痕の残った右大腿部には、痛み等の神経症状が残存しているものと認められ、家事労働に一定の支障が生じているとして、5%の労働能力の喪失を認定しました。また、労働能力の喪失期間については、Xの症状の残存状況や、痛みの原因が真皮組織等の欠損であることなどから、症状固定時点で53歳であったXの平均余命の2分の1である17年間と認定しました。

(2)コメント
自賠責保険の認定では、Xの後遺障害は、醜状障害による後遺障害12級のみであり、神経症状については、14級9号すら認定されていませんでした。そのため、本件は、基本的には、醜状障害による労働能力の喪失の有無だけが問題となり得る事件でした。
もっとも、本件では、Xが醜状障害のみならず、右大腿部に生じている痛みについても、後遺障害に当たると主張していました。そのため、裁判所はその点も判断して、右大腿部の痛みを神経症状の後遺障害として認定しましたが、具体的な等級については明らかにしていません。
14級の目安である5%の労働能力喪失率を認定していることからすると、実質的には14級9号と認定したとも考えられます。しかし、他方で、労働能力喪失期間については、12級13号の目安とされる10年を超える期間を認定しています。そのため、裁判所としては、どの等級が妥当なのかというところまでは、明確には踏み込んでは判断せずに、Xの症状が、12級の醜状障害といえるほどの瘢痕を残す傷によって生じていることを前提に、Xの家事労働に生じている具体的な支障等を考慮しつつ、逸失利益を認定したものと考えられます。
醜状障害について、これまでは、基本的には醜状そのものによる仕事への影響という側面で考えられてきましたが、この裁判例は、残存した醜状障害の程度を、神経症状による労働能力の喪失の有無や程度を認定するに当たっての考慮要素にしたものと考えられる点で、重要な意味を持つものといえます。
醜状障害による逸失利益の有無や程度については、これまで多くの裁判において争われてきた争点であり、しっかりとした主張立証を行わなければ、認められるものも認められなくなる可能性があります。また、示談交渉段階でも、相手方をきちんと説得することができれば、逸失利益を認めさせることは可能ですが、そのためには、逸失利益に関する正確な知識や、それに基づく的確な説明が必要不可欠です。適切な賠償を受けられるようにするためにも、まずは弁護士にご相談ください。

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交通事故
外貌醜状
逸失利益
過失割合

後遺障害には該当しない前額部線状痕について後遺障害慰謝料を認めた事例【後遺障害非該当】

醜状障害の裁判例(後遺障害非該当)

後遺障害には該当しない前額部線状痕について後遺障害慰謝料を認めた事例(大阪地方裁判所判決 平成28年10月28日)

事案の概要

美顔器具等の販売会社所長のX(原告:69歳女性)は、自転車痛効果の歩道を自転車で進行中、停車中のY(被告)所有の普通貨物自動車の助手席ドアを同乗のWが開けたため、顔面に直撃して、前額部挫創等の傷害を負い、約2年間通院し、右眉付近に約2センチメートルの線状痕を残したとして、既払金46万4882円を控除し664万6606円を求めて訴えを提起した。

<争点>
① Xの後遺障害の有無、程度
② Xの逸失利益の有無
③ Xの過失割合

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 51万2262円 51万2262円
通院交通費 1万3280円 1万3280円
休業損害 63万5946円 0円
通院慰謝料 206万円 120万円
後遺障害逸失利益 143万円 0円
後遺障害慰謝料 186万円 30万円
既払金 ▲46万4882円 ▲46万4882円
小計 604万6606円 156万0660円
弁護士費用 60万円 15円
合計 664万6606円 171万0660円

判断のポイント

本件事故により、Xは通院治療を終えたあとも、右眉付近に前額部挫創後の線状痕(約2センチメートル)が残存してしまいました。自賠責保険に対する事前認定手続においては、前額部挫創後の瘢痕は、長さ3センチメートル以上の線状痕または10円銅貨大以上の瘢痕とは認められないため、自賠責保険における後遺障害には該当しないとの判断を受けていました。
そこで、裁判において前額部の線状痕は後遺障害に該当するかが争われました。

① Xの後遺障害の有無、程度

・外貌醜状について
「外貌」とは、頭部、顔面部、頚部など、上肢及び下肢以外の日常露出する部分をいいます。
そして、交通事故によって外貌に傷跡が残存した場合(これを「外貌醜状」といいます)、その傷跡の場所や大きさに応じて、3段階に区分された後遺障害等級が認定されます。
外貌醜状は、神経症状など目に見えにくい症状に比べて、外部から客観的に判断できるものであることから、基準がある程度明確に定められています。

*第7級の12:「外貌に著しい醜状を残すもの」
「著しい醜状」とは、以下のいずれかに該当する場合であって、人目につく程度以上のものをいいます。
ア 頭部にあっては、手のひら大(指は含まない)以上の瘢痕又は頭蓋骨の手のひら大以上の欠損
イ 顔面部にあっては、鶏卵大面以上の瘢痕又は10円銅貨大以上の組織陥没
ウ 頚部にあっては、手のひら大以上の瘢痕

*第9級の16:「外貌に相当程度の醜状を残すもの」
「相当程度の醜状」とは、顔面部の長さ5センチメートル以上の線状痕で、人目につく程度以上のものをいいます。

*第12級の14:「外貌に醜状を残すもの」
単なる「醜状」とは、以下のいずれかに該当する場合であって、人目につく程度以上のものをいいます。
ア 頭部にあっては、鶏卵大面以上の瘢痕又は頭蓋骨の鶏卵大面以上の欠損
イ 顔面部にあっては、10円銅貨大以上の瘢痕又は長さ3センチメートル以上の線状痕
ウ 頚部にあっては、鶏卵大面異常の瘢痕

※ここで、外貌醜状で注意しなければならないのは、「人目につく程度」という表現があることです。顔面に線状痕があったとしても、眉毛や頭髪にかくれる部分は醜状として取り扱われません。

例えば、眉毛の走行に一致して3.5センチメートルの縫合創痕があり、そのうち1.5センチメートルが眉毛に隠れている場合は、顔面に残った線状痕は2センチメートルとなるので、外貌の醜状(12級の14)には該当しないことになります。

<X及びYの主張>
Xは、肌の手入れ等に特別に気を遣いながら長年コスメティック業界で働くなどしてきており、本件線状痕により精神的苦痛を感じていることから、後遺障害等級表12級の後遺障害慰謝料の3分の2に相当する金額が相当であると主張しました。

これに対してYは、本件線状痕は、長さは約2センチメートルであるが、眉に隠れる部分が相当程度あるほか、髪型によって隠れる場所に位置しており、後遺障害に該当するとは認められないと反論しました。

<裁判所の判断>
裁判所は、まず、本件線状痕は、傷の位置や長さ・大きさに照らすと、これが後遺障害等級表における後遺障害に相当するものとは認められないとしました。
上記の後遺障害の認定基準においても、12級の14が認められるためには、長さ3センチメートル以上の線状痕が必要とされることから、この判断は仕方のないところではあります。
しかし、顔面に2センチメートルの傷跡が残ってしまったことに対する精神的苦痛は生じているはずであり、特に普段仕事などで人前に立つ場合、その精神的苦痛は大きなものといえます。3センチメートルの傷跡が残れば後遺障害が認められて慰謝料が支払われるのに、傷跡が2センチメートルの場合には慰謝料が支払われないとされるのは、あまりにも不均衡です。

そこで、裁判所も以下の事実を認定した上で、Xの線状痕は、後遺障害等級表における後遺障害には該当しないけれども、精神的苦痛が生じているとして慰謝料を認めました。 まず、Xは約20年間、美顔器具等の販売をする会社の営業所長として美顔器具や化粧品等の販売事業に携わり、美顔器具等の販売、営業所の販売員に対する指示・指導、その他の所長業務に従事してきたほか、芸能プロダクションに登録して広告やCMに出演するなどしてきたことが認められるとしました。
そして、Xが本件事故後もCM出演を継続していることを踏まえるなど、Xの職業や業務内容にも着目した上で、本件線状痕による精神的苦痛を慰謝するため、30万円の後遺障害慰謝料を認めました。

② Xの逸失利益の有無

まず、逸失利益とは、後遺症が残存したことによる労働能力の低下の程度、収入の変化、将来の昇進・転職・失業等の不利益の可能性、日常生活上の不便等を考慮して算定される損害をいいます。
すなわち、後遺症によって仕事や日常生活に支障がきたすような場合でなければ逸失利益は認められないこととなります。

<X及びYの主張> Xは、本件事故により、美顔器具や化粧品等の販売事業の廃業を余儀なくされており、少なくとも5年ほどは継続するつもりであったことから、女性平均月収(27万5100円)の10%相当の収入が、最低でも5年間失われたと主張しました。

これに対してYは、上記と同様、本件線状痕は約2センチメートルであり、眉に隠れる部分も相当程度あるとして後遺障害に該当しないから、逸失利益も認められないと反論しました。

<裁判所の判断>
裁判所は、本件線状痕は後遺障害には該当しないとし、さらに、Xは本件事故後に販売事業を廃業しているが、本件事故後の売上や所得の推移及びXの業務に本件線状痕が支障とならない業務も含まれていることなども考慮すると、廃業が本件事故によるものとまでは認められないから、後遺障害逸失利益を認めることはできないとしました。

外貌醜状の場合、後遺障害が認められたとしても、それが仕事や日常生活への支障に直結していなければ逸失利益は認められません。上記のとおり、逸失利益とは、後遺症が残存したことによる労働能力の低下、日常生活上の不便等を考慮して算定される損害額だからです。 モデルやウエイターなどの接客業で、容姿が重視される職業に就いている場合には、ファンや客足が減るなど労働に直接影響を及ぼすおそれがある場合には、逸失利益が認められることになります。

Xは、美顔器具や化粧品等の販売事業を行っており、芸能プロダクションに登録して広告やCMに出演するなどしていたことから、ある程度容姿が重視される職業に就いていたと考えられます。しかし、裁判所は、上記のように、Xの仕事には本件線状痕による支障はなかったとしてやや厳しい判断をしました。

③ Xの過失割合

<X及びYの主張>
Yは、Y車の停止位置の付近に設置された自動販売機があることにより歩道の幅員が1m弱と狭くなっていたことから、Xは、Y車から降車する者がありうることを予見し、Y車と自動販売機の間を進行する際には減速してY車の動静を注視すべきところ、これを怠った過失があるから、少なくとも1割の過失相殺をすべきである旨反論しました。

これに対してXは、本件事故は、Y車が停止した直後に発生したものではなく、Xが、Y車から降車する者の存在を予測することは不可能であり、本件事故は夜間に発生したものであること、WはXがY車のドア付近に差し掛かったタイミングでこれを開放したことも考慮すると、過失相殺はされるべきではないと主張しました。

<裁判所の判断>
裁判所は、以下のとおりの事実を認定し、Yの主張を排斥、すなわちXに過失は認められないとしました。
Wは、Y車のドアを開けるに際し、左後方の安全を確認すべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠った過失があり、Wが衝突までXの存在を認識していないことなども踏まえると、その過失の程度は極めて大きいというべきである。
他方、Y車のドアの開放はXとの衝突の直前であり、Xがドアの開放を予見し、本件事故の発生を回避することができたとまで認めることは困難である。
したがって、本件事故についてXの過失は認め難いとしました。

コメント

本件は、自賠責における後遺障害の認定基準には満たない外貌醜状に対して、後遺障害慰謝料を認めた事例です。しかし、他方で後遺症による逸失利益は認められませんでした。
交通事故により生じた後遺障害にはさまざまなものがあり、外貌醜状のように後遺障害の認定基準がはっきりと定められているものがあります。そして、認定基準に満たさず後遺障害が認定されなくとも、被害者の個別的事情から、精神的苦痛がある旨を主張することにより、適切な賠償額を得られることは十分に可能です。また、本件では認められませんでしたが、現実に仕事に支障が生じている場合には、逸失利益も認められます。
もっとも、交通事故の怪我によってどのように精神的苦痛が生じており、仕事にどのように影響してどの程度の不利益を被ったかなどを、相手方に説明し、また、裁判で立証するということは1人ではなかなか困難です。
被害者の悩みを被害者に代わって、法的な主張として相手方と交渉し、また、裁判で立証するのが弁護士の仕事です。
交通事故に遭い、適切な賠償額が得られるのかお悩みの方がいましたら、是非当事務所にご相談いただければと思います。

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