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裁判例: 交通事故

交通事故
外貌醜状
12級
逸失利益
過失割合

ロードバイクの特殊性を過失割合に反映しなかった事例【後遺障害12級14号】

醜状障害の裁判例(後遺障害12級14号)

ロードバイクの特殊性を過失割合に反映しなかった事例(東京地判平成28年7月8日)

事案の概要

X(24歳男性)は、ロードバイクで車道を直進していたところ、道路外に出ようと左折する被告の車に、巻き込まれるように衝突した。Xは転倒し、下顎部挫創等の傷害を負い、下顎部の醜状痕は後遺障害等級12級14号と認定された。

<争点>
① 過失割合
② 外貌醜状の逸失利益

<主張及び認定>

主張 認定
治療関係費 6万7220円 5万4610円
通院交通費 2万3020円 2万3020円
休業損害 3万9545円 3万9545円
逸失利益 1278万4098円 100万円
傷害慰謝料 90万円 70万円
後遺障害慰謝料 300万円 290万円
過失相殺 0% 5%
既払金 ▲250万6285円 ▲250万6285円
弁護士費用 160万円 20万円
合計 1590万7598円 217万5031円

判断のポイント

① 過失割合

<ロードバイクの特徴と過失割合>
近年、ロードバイクは競技のみならず、日常の足として使われています。ヘルメットをかぶっていたり、目立つ色のウェアを着用したりしていれば、通常の自転車と異なり、高速度で走行しているものと一見してわかりますが、交通事故となると、そのようなケースはあまり多くありません。

過失割合は、道路形状、交通規制(信号機や一時停止の標識)、双方の車両の種類(車、二輪車、自転車)、双方の進路、速度などの事情によって定められます。ロードバイクの特殊性は、双方の車両の種類、速度に大きく関わります。

<X及びYの主張>
Xは、「Yの車は、左折の際合図を出していなかった。」と主張しました。
これに対し、Yは、「Xの自転車はBianchi社製のスポーツタイプであり、本件事故当時、高速度で、なおかつ、不適切なブレーキ操作、前方不注視及び無灯火の過失があった。」と主張しました。

<裁判所の判断>
Xのロードバイクが、時速20kmの速度で走行し、かつ、ブレーキ操作を適切に行っていれば、Xは転倒せずに、Yの車の手前で停止できたと認められる。ところが、Xは、急ブレーキによって転倒しているのであるから、Xには、道路の状況に応じた速度で走行する義務又はブレーキを確実に操作する義務(道路交通法70条)に違反した過失があったと認められる。一方で、Yがいつその合図を出したかは不明である。

このように本件事故の発生についてはXにも過失があるが、本件事故の主たる原因は、Yが左後方の安全を十分確認することなく左折したことにあり、Xの過失は、Yの過失と比べると軽微であるから、Xの過失は5%とするのが相当である。

② 外貌醜状の逸失利益

<外貌醜状のポイント> 外貌醜状は、対面する人に着目されるなどして、コミュニケーションに支障をきたすことあり得るものの、労働能力を直接的に減少させる要因にはならないと考えられています。そのため、外貌醜状の後遺障害が残ってしまった場合には、逸失利益を主張するよりも、後遺障害慰謝料の増額を図ることを念頭に置く例が多いです。

<Xの主張>
Xは、舞台俳優になることを目指し、アルバイト等で生活費を稼ぎながら歌や踊りの練習をしたり舞台に出演したりする活動をしており、外貌醜状による労働能力の喪失は認められるべきとして、逸失利益1278万4098円を主張しました。

<裁判所の判断>
Xは、本件事故後も舞台活動を続けているものの、本件事故による下顎の挫創治癒痕を友人や知人に度々指摘され、舞台に立っているときも下顎の挫創治癒痕が気になって演技に集中できなくなることがあることなどを総合すれば、下顎の挫創治癒痕はXの労働能力に影響を及ぼすおそれがある。もっとも、下顎の挫創治癒痕は化粧をすれば目立たなくなること、下顎の挫創治癒痕を理由に役を外されたりしたことはなく、本件事故前と同様に舞台活動を続けられていることに照らすと、下顎の挫創治癒痕が原告の労働能力に及ぼす影響は限定的といわざるを得ない。以上の事情を勘案すると、逸失利益は100万円と認めるのが相当である。

コメント

外貌醜状の点は、他の参考判例解説に譲ることにしますが、本件で、舞台俳優を目指している方であっても、労働能力の喪失は限定的にしか認められないとした点は特徴的といえます。

ロードバイクは、自動二輪車に匹敵する高速度で走行することが可能であり、近年ではその利便性から、都市部で多く見かけます。ロードバイクの事故に関するご依頼を多くいただくようになりましたが、自動二輪車と同等に取り扱われる例は少ないです。本件のように、ロードバイクの特殊性よりも、道路形状、交通規制、双方の車両の種類、双方の進路、速度などの基本的な事情が重視されることが多いです。

ご自身がロードバイクに乗っていた場合、相手方がロードバイクに乗っていた場合のいずれであっても、当事務所にお気軽にご相談下さい。

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交通事故
外貌醜状
12級
逸失利益

1歳の負った傷【後遺障害12級相当】

醜状障害の裁判例(後遺障害12級相当)

~1歳の負った傷~(大阪地判平成21年1月30日)

事案の概要

当時1歳の女児であったXが乗車していたX車が、エンジン不調のため非常駐車帯に停車し、Xの父の兄の車両を待っていたところ、飲酒運転かつ居眠り運転のY車が時速約100キロメートルでXの父の兄の車両に追突し、そのはずみで同車両がX車に玉突き衝突した。
Xは、この衝撃により、左顔面裂傷、左眼瞼裂傷(その後の兎眼)、左網膜震盪の傷害を負った。幼児期の深い傷であったため、Xは成長に応じて皮膚移植等の手術を繰り返す必要があり、症状固定したのは事故から8年後であるXが9歳の時だった。
結果的にXには、顔面瘢痕拘縮、睡眠時左瞼障害、左鎖骨部瘢痕の醜状痕等が残り、自賠責保険においては、顔面部醜状痕につき、後遺障害12級が認定された。

<争点>
・Xの醜状が、後遺障害等級何級相当か
・Xの醜状から、逸失利益が発生するか
・Yの過失態様が悪質である点は、賠償金額に影響するか

<主張及び認定>

主張 認定
通院交通費、宿泊費 33万1000円 33万1000円
入通院慰謝料 412万5000円 222万0000円
後遺障害慰謝料 1500万0000円 784万0000円
逸失利益 2000万0000円 574万2340円

判断のポイント

・Xの醜状は、後遺障害等級何級相当か
Xの顔面部には複数の瘢痕や線状痕の傷痕を残っており、Xはこれらを連続したものとして合算して計上すると、後遺障害等級7級に該当ないし相当するものであると主張しました。
対するYは、確かに線状痕は複数あるが、連続していないのは明らかであるから、これらを合算することは不適当であると主張。各々の大きさからすると、後遺障害等級は12級となることがやむをえないものと反論しました。
これらの主張は、自賠責保険における後遺障害等級の認定基準が、線状痕や瘢痕の大きさで明確な区切りを設けているために行われているものです。
すなわち、(当時の)後遺障害等級においては、
女性の外貌に著しい醜状が認められる場合→7級
女性の外貌に(単なる)醜状が認められる場合→12級
という規定がなされていました。

そして、醜状が著しいか否かは、線状痕の長さが5センチメートルに達しているか等の至極機械的な計測結果によって割り振られているのです。
この点、裁判所は、本件Xの瘢痕は「長さ3センチメートル以上で10円銅貨大以上の大きさの目立つものであるとは認められる」とし、12級に該当することを確認しつつ「長さ5センチメートル以上であるとか、鶏卵大の大きさに達しているとは認められない」「線状痕が連続しているとか、瘢痕が近接しているものであるとは認められず、単純に長さあるいは面積を合算して後遺障害の程度を評価することが相当であるとは認められない」と、Xの合算による主張を排斥しました。
しかし他方で「後遺障害慰謝料の基準として、長さ3センチメートルであれば後遺障害等級12級で280万円が相当となるものが、長さ5センチメートルに達したと単に突然後遺障害等級7級で1030万円が相当となるというのは極端」と判断し、慰謝料金額は「必ずしも長さに比例して算定されるべきものではない」と示しました。
そもそも、後遺障害等級というものは、当該後遺障害が残存してしまったことに対する慰謝料及び逸失利益の算定をする便宜上、定められているものです。
しかし、この等級は元来は労災保険給付額の決定のためのものであり、必ずしも現実の損害額を反映しているとはいえない場合もあります。
本判決では、複数個所に認められる瘢痕の大きさと線状痕の長さからすると、後遺障害慰謝料は12級相当の基準額から2倍の増額をすることが相当と判断しました。

・Xの醜状から、逸失利益が発生するか
醜状障害の場合に常に問題となるのが、逸失利益の算定です。
通常の後遺障害は、疼痛や可動域制限など、現実に労務に服することが困難となることが容易に観念できます。
しかし、醜状障害の場合には、「そのような傷痕が仕事に影響を与えるか?」という疑問が出されてしまうのです。
そのため、醜状障害の場合には、後遺障害等級と労働能力喪失率が整合しない例が多数あります。
本件の場合は、これに加えて、症状固定時点において就労可能年齢までまだ10年以上あるため、将来の労働能力喪失の蓋然性が認められる必要があります。
この点、Yからは、美容整形の技術が飛躍的に進んでいることから、将来の就労制限の蓋然性は大きいとはいえないと主張されました。
裁判所は、上記Yの主張に対しては、「形成外科に関する医療の進歩があるとしても、現時点でこの醜状を治癒させるに足りる技術が確立しているものとは認められ」ないと、排斥しました。
その上で、Xの醜状痕からすると「対人接客等の見地において原告の就業機会が一定限度成約されることは否定できないと考えられるし、また、自ら醜状を意識することによる労働効率の低下も考えられるところである」として、後遺障害等級12級相当の労働能力喪失率14パーセントと認めました。
そもそも、今後形成外科や美容整形技術が発達したとしても、それは症状固定後の事情であり、行うか否かは被害者の自由です。また、仮にこれを行えば逸失利益がなくなるとした場合、その施術費用は加害者に負担させなければ不合理です。
したがって、「今後医学が進歩するから大丈夫のはず」などという主張は、基本的には受け入れられず、本件の裁判所の判断は妥当であると思われます。

・Yの過失態様が悪質である点は、賠償金額に影響するか
本件のYは、飲酒かつ居眠り運転をし、その際の時速は約100キロメートルにも及んでいます。Yの事故後の言語態度はしどろもどろの状況で、酒臭が強く、顔色は赤く、呼気1リットル中0.5ミリグラムものアルコールが検出されました。
このように、あまりに悪質な過失態様である点で、Xから慰謝料額の増額事由として主張されました。
裁判所は、上記事実が認定されることを前提として、さらにXが負った傷害及び障害の程度からすると、通常よりも4割増しの算出をすべきと判断しました。
これにより、入通院慰謝料及び後遺障害慰謝料の双方が、4割増額をされました。
ひき逃げ等の悪質な態様がある場合に、慰謝料額を増額する例はありますが、2割程度のものが多い印象です。
本件では、あまりに悪質な運転態様である点と、そのような加害者の行為で被害者に極めて重大な傷害結果が発生した点をあわせて、4割という高い基準の増額が得られたものと思われます。

コメント

醜状障害についての後遺障害等級は平成23年に改正され、現在は男女間で共通の基準が設けられています。
本件事故当時は、男性の場合と女性で、同程度の醜状痕が残存した場合、女性の方が重い障害であると規定されていました。
これは、女性の方が外貌に気を使うという性差を意識してつけられた差異でしたが、差別的な取り扱いであるという判決が出されたため、改正されたものです。
本件事故は平成8年に発生し、平成21年に判決が出ているため、改正前の基準で後遺障害等級が考えられています。
そのため、判決文の中にも、Xが女性である点を考慮する部分が随所に見受けられます。
したがって、改正後の基準でも同様の判断がなされるかは少々見通すのが難しい部分もあります。
もっとも、裁判所は基本的に本裁判例のように、具体的な醜状の態様や、被害者の置かれた状況から慰謝料や逸失利益額を算定することになります。
相手の保険会社が「逸失利益は認められない」と回答してきたとしても、裁判所の判断次第では数百万円が認められることも往々にしてあります。
このように、醜状障害は、一筋縄ではいかない論点がいくつもあるので、示談してしまう前に是非弁護士にご相談ください。

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俳優の卵がキズモノに【後遺障害12級14号】

外貌醜状障害についての裁判例(後遺障害12級14号(当時))

~俳優の卵がキズモノに~(東京地判平成26年1月14日)

事案の概要

X(当時27歳・男性)は、普通自動二輪車を運転し直進進行していたところ、対向車線からでUターンをしようとしたY乗車の普通自動二輪車に衝突される。
Xは、頭部打撲傷、顔面挫創、左肘打撲擦過創等の傷害を負い通院治療をしたが、左眉部に6センチメートルの線状痕、左下顎部に3.3平方センチメートルの瘢痕、左下顎下部には5センチメートルの線状痕が残存し、当時の後遺障害等級12級14号に該当すると認定された。
これらの慰謝料等をYに対して損害賠償請求した事案である。

<争点>
①逸失利益が認められるか?
②過失割合は認められるか?

<主張及び認定>

主張 認定
治療関係費 647万6798円 646万8738円
通院交通費 2万3920円 2万2830円
文書料等 1万9379円 1万9379円
休業損害 334万3726円 264万4892円
逸失利益 3115万0810円 0円
傷害慰謝料 200万0000円 154万0000円
後遺障害慰謝料 800万0000円 700万0000円
既払金 ▲793万2857円 ▲950万7867円
弁護士費用 430万0000円 82万0000円
合計 4738万1776円 900万7972円

判断のポイント

①逸失利益について

本裁判例に限らず、傷痕や瘢痕が残ってしまうという外貌醜状障害の場合に大きな問題となるのが逸失利益を認めさせることができるか?という点です。
逸失利益とは、後遺障害が残ったことによって労働能力が喪失し、その結果として将来的に収入が減少する場合に、補償として認められます。つまり、例え後遺障害が残ったとしても、労働能力が減少しない限り、逸失利益は生じないことになります。通常、可動域制限や神経症状などが残存している場合には、これまでと同じように動けないのですから、逸失利益が生じることは暗黙の了解のような場合が多いのですが、外貌醜状や痛み等を伴わない変形障害は、従前通り稼動することができるため、逸失利益が認められない傾向にあります。
本件では、原告であるXが事故当時俳優研修所に通っている俳優の卵だったため、原告は残存した外貌醜状によって表情作りが困難になったり、オファーの来る役柄にも制限が出てしまい、労働能力の35%を喪失した、と主張しました。
これに対し、裁判所は、Xの本件事故以前の経歴や本件事故後の出演作品等を一つ一つ認定した上で、原告の傷痕は「通常は労働能力を喪失させるようなものではなく、原告が俳優の仕事に従事していることを考慮しても、舞台俳優としての活動には何ら支障になるものではないことが認められる」「原告が将来、俳優として成功するかどうかは様々な要因によって左右されるものであることを併せ考慮すると、左眉部の線状痕等が残存したことによって原告の俳優としての将来得べかりし収入が減少したと認めるには足りない」と判断し、逸失利益を認めませんでした。
もっとも、舞台俳優としては目立たなくとも、映像分野において俳優として活動する際に何らかの支障になる可能性があることは認め、後遺障害の慰謝料増額事由を認めました。
後遺障害12級の慰謝料相場が290万円であることを考えると、本件では410万円ほど増額していることになります。

②過失割合について

「双方動いていたら、10対0にはならない」という話を聞いたことがある方もいるかもしれません。これは保険会社がよく使ってくるフレーズなのですが、本件で裁判所は双方進行中の事故でも過失相殺を認めませんでした。
本件事故は、平日の午前中で、現場付近の交通量が多い時間帯に起こっていますが、そのような場所でUターンをしようとする場合、慎重な運転が求められていたにもかかわらず、YはX車両にぶつかる直前までX車両に気づかないまま衝突しており、Yの前方不注視の違反が重大だと判断されたためです。
Xは、Y車両を避けようとブレーキをかけ、ハンドルを切るなどの措置をとっていることからすれば、本件事故は専らYの過失によって起きたと判断されました。

コメント

外貌醜状障害が残存した場合には、本件のように逸失利益が認められるかが大きな争点となることが多くなります。外貌醜状以外の他の症状も残存している場合には、それらと合わせて逸失利益の検討ができますが、外貌醜状態のみの場合には、実際にどの部位にどのような痕が残っており、仕事内容を勘案してどのような影響が生じるかという具体的な主張と立証が必要となります。
本件では、眉部分の傷痕は一部が眉と重なっており、映像でアップにすれば気づくことはありますが、写真や舞台では気づかない程度のものであり、左下顎部の瘢痕や線状痕もあまり目立たないものでした。そのため、具体的に仕事に支障が生じていることが認められず、逸失利益は否定されました。
もしも、どこから見ても分かってしまうような大きな痕であったり、傷痕によって仕事のオファーが減る、実際に傷痕を理由として降板させられるような事態が生じていれば、一定程度の逸失利益が認められた可能性は十分にあります。
もっとも、本件のように逸失利益が認められない場合にも、慰謝料が一定程度増額される傾向にあります。この増額を勝ち取るためにも、被害者がその傷痕によってどのような弊害を被っているかをきちんと主張する必要があるのです。
※なお、本件事故当時は後遺障害等級上男性の醜状と女性の醜状は別々の等級とされていましたが、平成22年6月10日以後に発生した事故については、男女同等級となっています。

また、本件では過失相殺を否定しています。
Xはまっすぐ走っていただけなので、当たり前と思うかもしれませんが、具体的にどういう形で衝突したのかをきちんと立証できなければ、不本意にも過失割合が認められてしまうこともあります。
本件のように、加害者がどのような対応の運転行為をしてそれはいかに重大な不注意なのか、被害者はどのような対応の運転行為をしてそれはいかに評価すべきなのか、という点をしっかりとカバーすることが大切になります。

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死亡
未成年

死亡慰謝料の増額が認められた裁判例【死亡事故】

死亡慰謝料の増額が認められた裁判例

(名古屋地裁一宮支部平成31年3月28日判決)

事案の概要

信号のない交差点の横断歩道を集団下校で歩行横断中、左方から進行してきたY運転の普通貨物車に衝突され、外傷性くも膜下出血当の障害を負い、死亡した9歳の男子小学生Aの遺族であるX1(父)、X2(母)、X3(兄)、X4(祖父)及びX5(祖母)が、Yに対し損害賠償を求めた事案。Yは、以前から夢中になっていたスマートフォンのゲームをしながら運転をしていたため前方を注視しておらず、衝突する直前まで横断歩道上のAに気づいていなかった。

<主な争点>
死亡慰謝料の増額事由

<主張及び認定>

A固有の損害 請求額 認定額
入院付添費 3万2500円 6500円
入院雑費 1500円 1500円
近親者葬儀参列費 34万7220円 0円
文書料 4090円 4090円
逸失利益 3284万7322円 3217万3796円
入院慰謝料 2万2967円 1万7666円
死亡慰謝料 3000万円 2500万円
小計 6325万5599円 5720万3552円
既払金 ▲3000万5190円 ▲3000万5190円
遅延損害金 263万2620円 238万2175円
合計 3588万3029円 2958万0537円
X1の損害 請求額 認定額
葬儀関係費 642万1893円 150万円
固有の慰謝料 300万円 200万円
相続金(※) 1794万1515円 1479万0269円
小計 2736万3408円 1829万0269円
弁護士費用 273万6341円 182万9026円
合計 3009万9749円 2011万9295円
X2の損害 請求額 認定額
固有の慰謝料 300万円 200万円
相続金(※) 1794万1515円 1479万0269円
小計 2094万1514円 1679万0268円
弁護士費用 209万151円 167万9026円
合計 2303万5665円 1846万9294円
X3の損害 請求額 認定額
固有の慰謝料 200万円 100万円
弁護士費用 20万円 10万円
合計 220万円 110万円
X4・X5の損害 請求額 認定額
固有の慰謝料 各100万円 各50万円
弁護士費用 各10万円 各5万円
合計 各110万円 各55万円

※Aの固有の損害賠償金の法定相続分

4 死亡慰謝料について

死亡慰謝料の金額は、裁判実務上、

一家の支柱 2800万円
母親、配偶者 2500万円
その他(独身の男女、子供、幼児等) 2000万円~2500万円

という基準を目安として算定されており、具体的な斟酌事由により、増減されます。
また、民法711条では、「他人の生命を侵害した者は、被害者の父母、配偶者及び子に対しては、その財産権が侵害されなかった場合においても、損害の賠償をしなければならない。」と定められており、被害者本人だけでなく近親者等の固有の慰謝料が認められているところ、上記の基準は、死亡慰謝料の総額であり、近親者等の固有の慰謝料も含まれています。

5 慰謝料の増額事由

加害者に無免許運転やひき逃げ、飲酒運転等の故意または重過失がある場合や、事故後、加害者に著しく不誠実な態度等があるような場合には、被害者本人やその遺族はより大きな精神的苦痛を受けることになるとして、目安となる基準よりも慰謝料を増額して算定されることがあります。

6 本件について

本件は、被害者Aが9歳という若さで、スマートフォンでゲームをしながら運転していたYの車両に轢かれて命を落とすという大変痛ましい事故でした。
裁判所は、特に、Yの前方不注視の原因が、夢中になっていたゲームに気を取られていたという、単にY自身の欲求から出るものであったことや、Yが本件事故以前から、ゲームをしながら運転することの危険性を十分に認識していたことなどから、本件事故を発生させたYの責任は極めて重大である、と述べています。
そして、A固有の死亡慰謝料として2500万円を、近親者等の固有の慰謝料としてX1とX2にはそれぞれ200万円、X3には100万円、X4とX5にはそれぞれ50万円を認め、慰謝料だけで合計3100万円を認定しました。
9歳男児であるAは、上記の表の「その他(独身の男女、子供、幼児等)」であり、慰謝料の目安となる基準の金額は高くても2500万円ですが、裁判所はそれを600万円上回る3100万円と認定しており、それだけ本件事故におけるYの責任は重いと判断したのでしょう。 なお、本件事故をきっかけに、いわゆる「ながら運転」の罰則強化の検討が進み、令和元年12月1日の改正道路交通法の施行により、運転中のスマートフォン等の使用や画面の注視に関する罰則が強化されました。

今後の損害賠償請求訴訟における「ながら運転」事案では、本件と同様に慰謝料の増額が認められる可能性が高くなると思われます。加害者の悪質な運転による重大事故によって被った被害者本人や遺族の精神的苦痛は、決して金銭で解決できるものではありません。しかし、本件のような重大な結果が生じた事故による巨額の損害賠償請求は、加害者にその責任の重さを痛感させるうえで、刑事罰と同じように重要なことだと思います。

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交通事故
死亡
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休業損害や逸失利益~算定の基礎とされる収入は?~【死亡事故】

被害者死亡についての裁判例

休業損害や逸失利益~算定の基礎とされる収入は?~(大阪地裁平成27年10月9日判決)

事案の概要

81歳女性医師であるAが横断歩道を横断中、Y1運転・Y2所有の車両に衝突され、121日の入院後に死亡したため、Aの夫X1及び子X2・X3がY1及びY2に対し損害賠償を求めた事案。
なお、X1は本件事故当時、認知症を患っており、本件事故前まではAがその監護を行っていた。

<主な争点>
①亡Aの基礎収入
②X1の監護料

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 1911万5933円 1911万5933円
入院雑費 18万1500円 18万1500円
通院交通費 53万0550円 17万9680円
付添看護費 84万7000円 72万6000円
葬儀費用 150万円 150万円
X1の監護料 2183万4920円 0円
休業損害 653万2548円 97万9934円
傷害慰謝料 223万円 223万円
死亡逸失利益 1億0651万3025円 1720万8032円
死亡慰謝料 2500万円 2200万円
小計 1億8428万5476円 6412万1079円
既払金 ▲1934万7833円 ▲1911万5933円
合計 1億6493万7643円 4500万5146円

判断のポイント

①亡Aの基礎収入

<Xらの主張と裁判所の判断>
Xらは、亡Aが精神医学専門医で老年精神医学の権威であり、過去に1970万5695円の年収を得ていたことを根拠に、亡Aの休業損害及び死亡逸失利益の算定に当たってはこれを基礎とすべき収入であると主張しました。
しかし、裁判所は、亡Aは本件事故の3年ほど前からは、自宅の外で仕事をしておらず、本件事故当時の亡Aの労働は、X1の世話と家事であったと認められるとして、Xらの主張する、亡Aの医師としての過去の年収を基礎収入とすることは認めませんでした。

<コメント>
亡Aは、精神医学の専門医として、病院の副院長を務めたり、定年退職後も複数の病院での非常勤医師としての勤務や家庭裁判所での精神鑑定の依頼を受けるなど、長年精神医学に携わっており、本件事故の10年ほど前までは、1000万円を超える年収を得ていました。
そのため、Xらは、本件事故当時は認知症を患っているX1のために監護に専念していたに過ぎず、本件事故当時においてもなお上記の年収を得る蓋然性があり、本件事故がなければ、亡Aが医師として稼働し、過去の年収を基準とした収入を得ることが可能であったとして、その年収を基礎収入とした休業損害及び逸失利益を請求したものと考えられます。
確かに、お医者さんは特に年齢に関係なく働こうと思えば働くことができるので、本件事故に遭わなければ、Xらの主張するような過去の年収を基準とした収入を得られるがまったくなかったとは言い切れません。しかし、亡Aは本件事故の3年ほど前から、医師としての仕事で得た収入はまったくなく、日常生活上も、医師の仕事をせずに自宅でX1の世話や家事をするのみだったので、亡Aが事故に遭わなくとも、医師としての収入を得られていた可能性はほとんどなかったといえるでしょう。
裁判所も、過去に亡AがXらの主張するとおりの年収を得ていたことを認めながらも、本件事故前の3年間には医師としての稼働実績がまったくなく、自宅でのX1の監護や家事が亡Aの労働内容であったとして、医師としての過去の年収ではなく、事故前年の賃金センサスの女性全年齢学歴計の平均収入である295万6000円を基礎収入として、休業損害及び逸失利益を算定しました。
なお、Xらは、老齢精神医学の権威であった亡AによるX1の監護についても言及していましたが、裁判所はその経済的価値については、老齢精神医学の専門的な知見を有していたとしても、そのことで賃金センサスの平均収入を上回る価値を有すると認めるには足りないとして、これを考慮することはありませんでした。
このように、損害賠償実務では、休業損害や逸失利益の算定の基礎収入について、被害者の主張する収入が得られる蓋然性があるかどうかが、具体的な事実から判断されることになります。本件では、上記のとおり、亡Aが事故前には医師として稼働していなかったことなどから医師としての年収を基礎収入として認めませんでしたが、もし亡Aが本件事故当時、医師として復帰する具体的な予定があったなどの事情が認められたのであれば、医師としての過去の年収もしくはそれに近い額を基礎収入として算定されたかもしれません。

②X1の監護料

<Xらの主張と裁判所の判断>
Xらは、X1が本件事故当時から認知症を患っており、本件事故前までは亡Aが精神専門医の立場から服薬管理、生活管理、カウンセリングなどの監護を行っていたが、本件事故により亡Aによる監護が不可能となったとして、事故後にX1が入居した介護付有料老人ホームの10年分の監護料相当額が損害として発生していると主張しました。
しかし、裁判所は、亡Aの労働内容は自宅でのX1の監護や家事であったことからすると、本件事故発生から亡Aが死亡するまでの間の監護料及び死亡した後の監護料は、亡Aの休業損害及び逸失利益と実質的に同じ内容のものであるとして、X1の監護料を休業損害や逸失利益とは別の損害としては認めませんでした。

<コメント>
本件では、認知症を患っているX1の監護を亡Aが行っていたという事情があり、事故によってこれを行うことができなくなった場合、老人ホームに入居させるなど、別途X1の監護費用がかかってしまうのはやむを得ないとも思われ、その費用は認められてもよさそうに思えます。
しかし、裁判所は、X1の監護が本件事故当時の亡Aの仕事そのものであった以上、それに加えて監護料という損害が発生することはないという理由で、これを認めなかったのです。 確かに、亡Aの仕事の内容がX1の監護であるとすれば、X1の監護料は亡Aの休業損害や逸失利益に吸収されることになるので、別途監護料を認めると、二重取りを認めることになってしまいかねません。そのため、裁判所の判断は適切なものであったように思います。

重篤な後遺障害が残ってしまった場合もそうですが、死亡事故の場合、様々な損害が観念されるため、ご遺族の方が相手方に対して適切な賠償請求を行うことは困難を伴います。ご遺族として、相手方に対して、どのような請求が可能なのか、まずは当事務所までご相談いただければと思います。

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