東京事務所八重洲口「東京駅」徒歩3

宇都宮事務所西口「宇都宮駅」徒歩5

大宮事務所東口「大宮駅」徒歩3

小山事務所東口「小山駅」徒歩1

裁判例: 交通事故

交通事故
神経・精神
首・腰のむちうち(捻挫)
14級

過去の事故と同一部位の神経症状【後遺障害14級9号】

過去の事故と同一部位の神経症状について(後遺障害14級9号)

~再度同じ等級の後遺障害が認められた裁判例~

事案の概要

平成24年11月25日、X運転車両が青信号の交差点に進入したところ、左側から赤信号を無視して交差点に進入してきたY運転車両がX車の側面に衝突したことによって、X車が一回転して大破し、Xが肋骨骨折、頚椎捻挫、腰椎捻挫、右坐骨神経痛等の傷害を負ったため(本件事故)、XがYに対して損害賠償を求めた事案。Xは、本件事故前の平成16年9月12日に発生した交通事故(別件事故1)により、腰椎捻挫および頚椎捻挫の傷害を負い、平成17年7月26日に症状固定となり、腰痛及び長時間座位困難の神経症状について、損保料率機構によって、後遺障害14級9号に該当すると認定を受けており、また、平成20年11月11日に発生した交通事故(別件事故2)により、頚椎捻挫の傷害を負い、平成22年1月18日に症状固定となり、頚椎捻挫後の右上肢のしびれの症状について、損保料率機構によって、後遺障害14級9号に該当すると認定を受けていた。

<主な争点>
過去に後遺障害が認定された部位と同一部位について、同じ等級の後遺障害が認定されるか

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 205万4649円 205万4649円
通院交通費 8万6970円 8万6970円
休業損害 156万1975円 156万1975円
逸失利益 86万8240円 86万8240円
通院慰謝料 132万0000円 103万0000円し
後遺障害慰謝料 220万0000円 110万0000円
弁護士費用 43万0000円 30万0000円
損害の填補 ▲370万3594円 ▲370万3594円
合計 482万7240円 329万8240円

判断のポイント

1 損保料率機構の判断

Xは、本件事故によって生じた頚部受傷後の右上肢のしびれ、腰部受傷後の腰部痛などについて、症状固定後、後遺障害等級認定申請を行いました。しかし、損保料率機構は、右上肢のしびれ、腰部痛について、後遺障害等級14級9号を超える等級には該当しないこと、右上肢のしびれについては、別件事故2の受傷に伴う右上肢しびれ、別件事故1に伴う腰部痛が、それぞれ後遺障害等級14級9号に該当すると認定されており、本件事故により生じた症状は、これを加重したものとはいえないとして、後遺障害には該当しない、と判断しました。

2 裁判所の判断

X側が、別件事故1と別件事故2によって残存した腰痛や右上肢のしびれの症状について、それぞれ後遺障害等級14級9号に該当する後遺障害が残存したものの、本件事故当時には、腰痛の症状は消失しており、右上肢のしびれの症状も改善していたなどと主張したのに対し、Y側は、損保料率機構の判断と同様の理由で、本件事故によるXの症状は、後遺障害等級14級9号を超えるものではないから、後遺障害には該当しないと主張しました。
この点について、裁判所は、別件事故1及び2によって生じた後遺障害は、本件事故当時残存していたと認めることはできず、本件事故により残存した症状は後遺障害等級14級9号に相当すると判断して、本件事故によってXが後遺障害等級14級9号に相当する後遺障害を負ったと認め、後遺障害慰謝料及び後遺症による逸失利益を認めました。

3 判断のポイント

原則として、過去に交通事故によって生じた症状について、身体のある部位に関して、一度後遺障害が認定されると、同一の部位については、すでに認定された後遺障害を超える等級に該当すると判断される場合に限って、後遺障害が認定されます。つまり、同一部位について過去に認定されていた場合には、いくら症状が悪化したとしても、より上の等級に該当しなければ、後遺障害が認定されることはないのです。なぜなら、後遺障害とは基本的に生涯残存することが想定されているため、身体のある部位に一度生じた後遺障害が回復して、再び事故で同程度の後遺障害が残るということは考えられないからです。たとえば、鎖骨を骨折して、骨がうまく癒合しなかったために肩の可動域が4分の3に制限されているという後遺障害等級12級7号の後遺障害が残った場合、骨は生涯正常な状態には戻らないのですから、基本的に時間の経過による自然治癒により可動範囲が症状固定時よりも広がることはないと考えられます。そのため、その症状が一度後遺障害として認定されると、同一の肩について、それよりも上の等級である10級11号の後遺障害(可動域我3分の1以下に制限されているもの)に該当すると判断されない限り、後遺障害が認定されることはないのです。

それでは、なぜ今回は、別件事故1及び2において認定された後遺障害について、もう一度同一部位で同じ等級の後遺障害が認定されたのでしょうか。その理由は、後遺障害の中でもむち打ち等を原因とする神経症状が、賠償実務上は、いつかは治る症状と考えられていることにあります。すなわち、治療が終了した段階(症状固定時)で神経症状が残ったとしても、経年による慣れによって、症状が消失するものであると考えられており、そうすると、症状固定後も症状が残存するとしても、それは短期的なものにすぎないとされているのです。このような考え方は、上で述べた、基本的に生涯残存すると想定されている後遺障害の概念とは矛盾するようにも思えますが、実際に、軽度の末梢神経障害であるむち打ち症が、生涯残存することは稀であるため、いつかは治る症状と考えられているのも不合理とはいえません。
そのような考えの下、賠償実務上は、後遺症による逸失利益を算定するに当たって、後遺障害等級14級9号の神経症状による労働能力の喪失期間は5年、12級13号は10年が目安とされています。(もっとも、後遺障害がどの程度の期間残り続けるかは個人差があるため、むち打ち症による神経症状でも、それ以上の労働能力喪失期間や、就労可能年齢までの喪失期間が認定されることがないとはいえません。)

そして、本事案では、裁判所は、本件事故が過去に後遺障害として認定されたXの腰痛や右上肢のしびれが生じる原因となった別件事故1及び2から相当な期間が経った後のものであることや、本件事故当時、Xが積極的にスポーツなどをしていたこと、Xが本件事故当時、腰痛や右上肢のしびれの症状のための通院をしていなかったことなどから、これらの神経症状は、本件事故当時には残存していなかったと認定したのです。この判断は、まさにむち打ち症による神経症状が、いつかは治る症状であると考えられていることや、労働能力喪失期間が短期間に制限されていることとも整合しています(後者については判決文中にもその指摘があります)。

そのうえで、本件事故が、X車が横転し、一回転して大破、全損するような態様であったこと、Xが、本件事故によって、頚椎捻挫、腰椎捻挫等の傷害を負い、右上肢痛・しびれ及び腰部痛等の後遺障害が残存したと診断されていること、損保料率機構からも、本件事故による頚部受傷後の右上肢痛・しびれ及び腰部痛の症状については、後遺障害14級9号に該当する後遺障害が残存していることが否定されていないことなどから、Xは本件事故によって、新たに発生し、残存した上記症状が、後遺障害14級9号に相当すると判断されました。

この判決は、損保料率機構における書面審査だけでは行い得ない、被害者の過去や現在の事実関係を丁寧に拾い上げて認定し、むち打ち症が短期間で治るとされる実務上の考え方に整合する判断を示した、画期的な判決といえると思います。

適切な後遺障害等級認定を受けるためには、実務上後遺障害についてどのような考え方がされているのかを知っておく必要がありますが、被害者の方個人の力ではどうしても限界があります。後遺障害が認定されるか不安のある方は、お気軽に当事務所までご相談ください。

閉じる
交通事故
神経・精神
首・腰のむちうち(捻挫)
素因減額
過失割合

玉突き事故とヘルニア【後遺障害なし】

腰椎捻挫の裁判例(後遺障害なし)

~玉突き事故とヘルニア~

事案の概要

X車にY2車が追突、Y2車にY1車が追突した連続追突事故で、XがY2とY1に、Y2がY1に賠償請求をした2件の事案。

<主な争点>
①過失
②素因減額

<主張及び認定>

①Xの損害

主張 認定
治療費関係費 9万8585円 9万8585円
交通費 2523円 2523円
休業損害 2万3625円 2万3625円
傷害慰謝料 49万0000円 33万0000円
素因減額 なし なし
人身傷害保険料受領による請求権移転額 ▲36万4133円 ▲36万4133円
車両修理費等 73万2443円 31万1790円
代車使用料 113万3685円 19万2150円
弁護士費用 24万8086円 6万0000円

②Y2の損害

主張 認定
車両損害 32万9000円 32万9000円
弁護士費用 3万2900円 3万2900円

判断のポイント

①Y2に過失があるか

本件は、広い意味でいえば、いわゆる玉突き事故です。
このような場合、①-1:誰が“加害者”なのか=誰が“損害を賠償する責任を負うのか”、①-2:追突車から他の追突車に対する損害賠償請求において「過失割合」はどうなるのかが問題となります。

①-1:誰が“加害者”なのか=誰が“損害を賠償する責任を負うのか”
Xは、「X車両に対するY2車両の追突は、Y2の前方不注視及び減速不十分の過失又は被告Y1の前方不注視及び減速不十分の過失により発生した。したがって、Yらは、……共同不法行為により、連帯して、Xに対する賠償責任を負う。」と主張しました。

この点、Yらが主張する玉突きの態様は以下のとおり、それぞれ異なりました。
Y2は、「Y1車両がY2車両に追突したため、Y2車両が前進し、X車両に追突した。」と主張し、

Y1は「X車両に追突したY2車両が急停止したため、Y1車両がY2車両に追突した。」と主張したのです。

これに対して、裁判所は、

① Y2車両の後部に、Y1車両の前部に取り付けられたナンバープレートのボルトが接触したとみられる跡が、4か所ついている。
→Y2車両の後部とY1車両の前部は、二度接触したと認められる。

②Y1の主張する追突順序(X←Y2追突が先、Y2←Y1追突が後)では、Y2車両とY1車両は一度しか接触しないはずであるのに対し、
Y2の主張する追突順序(Y2←Y1追突が先、X←Y2追突が後)では、両車両は、Y1車両がY2車両に追突した際及びY2車両がX車両に追突した反動の際の二度接触する機会がある。
→①の損傷状況は、Y1車両による追突が先に発生したことを推認させる。

③Y2車両による追突が先であれば、X車両は二度追突されたはずであるが、
Xは、実況見分実施当時に一度の追突を前提に指示説明をしており、本件訴訟におけるX本人尋問結果によっても二度の衝突を感じたと認めることもできない。

④Y1は、Y2車両がX車両に追突する際、Y2車両の後部が浮き上がるのを見たと主張しているところ、これによれば、Y2車両は最初の追突の際ノーズダイブしたということになる。他方、二度目の追突の際にはY2車両は既に停止しておりノーズダイブは生じていなかったはずであるから、二度の追突があれば、X車両の後部には高さの異なる衝突痕が生じるはずである。しかし、X車両には、二度の衝突を示す痕跡はみられない。
→Y1車両による追突が先に生じたとすれば整合的である。

①~④によれば、Y2の上記証言は信用でき、本件事故は、Y1車両が先にY2車両に追突し、その勢いでY2車両がX車両に追突した順次追突事故であると認められる。

さらに、Y1は、
「Y2車両の前部の損傷のほうが、Y1車両の前部の損傷よりも大きいこと」を、
Y2車両のX車両への追突が先に発生したことの根拠として主張していました。

しかし、裁判所は、
「確かに、通常玉突き事故であれば、最初の追突のほうが、後の追突よりもエネルギーが大きく、損傷も二台目の車両と三台目の車両間のほうが、一台目と二台目の車両間のそれよりも大きくなる。

しかし、本件では、①X車両の後部バンパーが下に折れ曲がり衝撃を吸収する役割を十分果たしていないことや、②Y2車両のボンネットの折れ曲がりは、クラッシャブルポイントがあることによるもので、これのみをもって、Y2車両X車両間の追突のほうがY2車両Y1車両間の追突よりエネルギーが大きかったとはいいがたいこと(D証言)、③Y2証言によれば、Y1車両に追突された際Y2車両は走行中であり、追突により加速したように感じる状態で停止しているX車両に追突したということであり、停止している車両が追突されて前方の停止車両に追突する通常の玉突き事故とは事故態様が異なること等も考慮すれば、各損傷の見た目の大きさをもって、上記認定を覆す事情ということはできない。」

と判断しました。

そして、裁判所は、

という本件事故様態によれば、Y1には前方不注視の過失があると認められるので、Y1はXに対し、不法行為に基づく損害賠償義務を負う。

Y2には、本件事故につき過失は認められないので、Xに対し、不法行為に基づく損害賠償義務を負わない。

と判断したのです。

①-2:追突車から他の追突車に対する損害賠償請求において「過失割合」はどうなるのか
Y2からY1に対する請求に関しても、
裁判所は、上記事故態様を前提として、
「Y2は、本件事故当時、停止したX車両に続いて停止すべく減速していたにすぎず、何らの落ち度は認められない。したがって、本件事故によるY2の損害につき過失相殺をすべきでない。」
と判断し、過失相殺を認めませんでした。

本件は、誰が“加害者”か=誰が“損害を賠償する責任を負うのか” を考える際にも、追突車から他の追突車に対する損害賠償請求において「過失割合」はどうなるのかを考える際にも、「追突の順序」が非常に重要なポイントとなりました。
そこで、それぞれの車両の損傷状況や、当事者の証言に照らして、丁寧に事実認定しているところに特色があります。
人の証言は、大切な証拠のひとつですが、人の記憶は曖昧で不確かなところがあるうえ、それが当事者となると利害関係が絡んで嘘や思い込みが混じってしまうことが多いものです。そこで、裁判では、証言の「信用性」を他の客観的な証拠との関係から見極めていくことになります。

②ヘルニア等で素因減額されるか

もともと症状の原因になるような素養がある場合、「今回生じた症状・損害は、全てが事故のせいとはいえない」として、加害者が負うべき賠償額が何割か割り引かれることがあります。これが「素因減額」というものです。

Y1は、
「Xは、本件事故以前から腰部痛を有していたところ、これは腰椎椎間板ヘルニアに起因するものであり、同腰部痛が、本件事故による治療に影響したといえる。また、は、本件事故以前から右膝痛を有していたものであり、これらの影響につき、5割の素因減額をすべきである。」
と主張しました。

これに対して、裁判所は、
「Xには……腰椎……椎間板ヘルニアがあったところ、本件事故の態様等からすれば、同ヘルニアは、本件事故以前から存在していたものと考えられる。また、同原告は、本件事故当時、腰痛及び右膝痛につき治療中だったものと認められる。しかし、本件事故による衝撃の程度は相当のものだったと考えられること、診断内容及び本件事故による同原告の通院が回数も少なく短期間で終了したこと等も考慮すると、上記ヘルニア及び事故前から有していた腰痛並びに右膝痛が、本件事故による同原告の傷害に影響を及ぼし又は治療の長期化に寄与したとまで認めるに足りない。したがって、素因減額をするのは相当でない。」
と判断しました。

被害者の方ご本人が相手方保険会社と交渉していく中で、「もともと腰痛持ちであった」ことや「医師からヘルニアは本件事故によるものとは言えない」ことを理由に、「素因減額!」と声高に主張されて、弱気になってしまうことがあるかもしれません。
しかし、本件のように、もともと腰痛等で治療中であり、腰のヘルニアももともと持っていたと認定されても、素因減額されないケースはあります。
大切なのは、事故前の症状の程度や治療の内容・程度、事故後の症状、事故の衝撃の大きさなどから、“事故後の症状は、事故のせい”と言えるか否かです。

過失の有無や程度、素因減額の有無や程度については、最終的な判断者である裁判官がどう考えるかを予想しながら賠償請求を進めていく必要があります。
裁判官は法律家であり、法律家には法律家の考え方、感覚に基づいて判断します。
突然交通事故に見舞われた被害者の方々は、法律に馴染みのない方がほとんどだと思います。
同じ法律家としての視点から、分かりやすく説明させていただきますので、ぜひお気軽に当事務所の弁護士にご相談ください。

閉じる
交通事故
神経・精神
首・腰のむちうち(捻挫)

杜撰な鑑定は許さない【後遺障害なし】

頚椎捻挫の裁判例(後遺障害なし)

~杜撰な鑑定は許さない~

事案の概要

X1、X2及びX3の3人は、X1運転の普通乗用車に乗車して赤信号停車中に、Yの運転する貨物自動車に後方から追突された。
Xらはいずれも頚椎捻挫等の傷害を負い、それぞれ9ヶ月~13ヶ月程度通院治療をした上でYに損害賠償請求に及んだ。

<主な争点>
Xらは本件事故によって怪我を負ったといえるか
怪我を負ったといえる場合、相当な治療期間といえるか

<主張及び認定>

X1の損害

主張 認定
治療費 52万5920円 52万5920円
通院交通費 13万7760円 0円
休業損害 191万3429円 0円
慰謝料 80万0000円 110万0000円(調整金含む)
弁護士費用 30万0000円 10万0000円

X2の損害

主張 認定
治療費 112万4730円 112万4730円
入院雑費 9万7300円 9万7300円
通院交通費 9万2640円 0円
休業損害 132万8000円 40万0000円
慰謝料 140万0000円 90万0000円
弁護士費用 40万0000円 25万0000円

X3の損害

主張 認定
治療費 17万9600円 17万9600円
通院交通費 7万4400円 0円
休業損害 108万5000円 0円
慰謝料 70万0000円 90万0000円(調整金含む)
弁護士費用 15万0000円 2万0000円

判断のポイント

本件事故による受傷の事実

本件訴訟では、Y側から本件事故の工学鑑定の結果が提出され、事故による受傷の事実が争われました。工学鑑定とは、当該事故に関する資料から、事故の際の衝撃の大きさなどを計算し、乗員が傷害を負うかどうかにつき、意見を述べるものです。本件事故については、交通事故証明書、実況見分調書、車両の写真や修理見積書等を鑑定資料としたうえで、追突時の衝撃は甚だ軽微なものであり、Xらが頚椎捻挫等の傷害を負うはずがないとの意見が提出されました。
もっとも、この鑑定結果について裁判所は「到底信を措くことはできないものと考える」とし、信用しませんでした。
裁判所はまず、鑑定書の結論を信用することができるためには、
①判断の前提となる事故状況等の基礎資料が客観的な立場でできるだけ広く収集されること
②そのうえで、これらの資料を科学的かつ良心的な態度で分析されること
が必要だとしました。
そのうえで、①については、判断の前提となる事実が誤って把握されていることや、車両の損傷を写真によってしか確認していないこと等の点を指摘し、「全体として資料不足の感が強く残るものである」と判示しました。裁判所も、もちろん不可能を強いるものではありませんが、入手可能な情報や資料は可能な限り広く獲得せよということです。本件で言えば、XらやYの刑事事件における供述調書や、事故車両の現物などの確認をした形跡がなく、これらに当たる努力も見られないことが、このような判断がされた理由と考えられます。
また、②については、本件鑑定が、事故車両の写真によれば変形や破損の程度が一見軽微に見えることを重視していたり、実際には8人程度も乗車していたY車両の重量を、Y1人が乗っていたものとして計算していたりといった点を指摘したうえで「本鑑定書は単に資料不足というにとどまらず、かなり杜撰なものとの印象を拭い難いのであって、ひいては『はじめに結論ありき』との感さえないとは言えず、その結論の公正さそのものが疑われてくるのである」と認定しています。つまり、裁判所は本件鑑定書については、単に資料の収集が不足した不十分なものということではなく、はじめから受傷事実を認めないという結論を導き出すつもりで、そのための資料を収集し、恣意的な解釈をしたものであると感じたことになります。
工学鑑定は、様々な数式によって客観的な結論が出るような印象がありますが、その前提となる資料収集や、資料の意味づけ・解釈には鑑定をする人間の主観が入り込む余地があります。そのような主観によって歪められた可能性のある鑑定書は信用できないというのが、本件裁判所の判断なのです。

本件傷害の相当治療期間

裁判所は、上記のとおり鑑定書の信用性を認めず、同書面の意見にしたがった結論とはしませんでした。しかし、鑑定書が信用できないだけでは、受傷の事実や相当な治療期間は判断できません。請求する側に立証責任がある以上、Xらにおいて、受傷の事実やその治療の必要性を証明していかなければなりません。
本件では、「原告らの述べる事故状況や負傷状況及びそれに対する医師の診断等をも考慮して慎重に検討しなければならない」として、具体的な検討がなされました。
まず、Y車両の速度について、過去の供述調書や実況見分調書、そして本裁判における証言から少なくとも15キロメートルは出ていたはずだと認めました。さらに、双方車両の損傷状況や重量差、そして事故の際のXらの車内の様子についての供述から、「本件事故の追突時の衝撃は決して軽微なものではなく、むしろ相当大きなものであったと認められるのであり、したがって、原告者の乗員らがそれなりの負傷をしたであろうことは十分に認められる」と判断しました。
これで受傷の事実は認められましたが、次は治療期間が問題となります。
統計的には、多くの頚椎捻挫は3ヶ月程度で治癒し、長期化するものも6ヶ月程度で症状固定することが多い中、本件でXらは9ヶ月以上の治療をし、X2に至っては4ヶ月の入院とそれに続く9ヶ月近い通院治療を行っています。
これについて裁判所は、「原告らの治療期間があまりに長きにわたっているのではないかとの印象は拭い難いものがあることも事実」と述べ、治療期間の検討の必要性を示しました。そして、Xらの治療をした主治医の証人尋問の結果「同意氏が医師としての主体的な判断を放棄したまま、ただ患者たる原告らの愁訴に引きづられて、それに対する対症療法的な治療を漫然と継続してきただけではないかという疑問」があるとしつつも、「そもそもむち打ち症にあっては、その性質上患者の自覚症状に基づく訴えに依拠して治療をするという傾向にならざるを得ない側面があることも事実である」とし、無責任な医師の証言によって一定時期以降の治療が不要なものであったと断ずることもできないと判断しました。そして、X1が自費で治療を継続していたこと等の事情も併せ考えると、本件ではXらは主張のとおりの治療が必要であったと認定しました。

コメント

いわゆる「むちうち」は、レントゲンやMRI画像に何らの異常もない場合が少なくありません。そのため、「実際に受傷しているのか」「どのていど治ってきているのか」という点が問題とされがちになります。
特に、事故車両の損傷状況が軽微な場合には、加害者側の保険会社は短期間で治療費を打ち切ってきたり、ひどい場合には本件のように受傷自体を否定してきます。その際に、本件のような鑑定書(私的鑑定書)が用いられることがあります。鑑定書に限らず、保険会社の顧問医の意見書、顧問弁護士の主張書面など、様々な手段が採られますが、これらが必ずしも正しいとは限りません。むしろ本判決の示すような「結論ありき」と思われるものも少なくありません。
本判決は「この種の鑑定書が真に有用な訴訟資料たりうるためには、何よりもまずその作成に当たる鑑定人において職業的な両親に忠実であることが求められる」のみならず「同時に、これを利用する保険会社とその代理人弁護士においても、鑑定書の内容を慎重に検討したうえで節度のある態度でこれを用いることが望まれる」と付言しています。

鑑定書の内容が果たして信用できるものなのか、それを根拠とした保険会社の主張が正しいものなのか、相手の言いなりになる前に、一度弁護士にご相談ください。

閉じる
交通事故
神経・精神
首・腰のむちうち(捻挫)
因果関係
既往症

遅すぎた通院【後遺障害なし】

頚椎捻挫の裁判例(後遺障害なし)

~遅すぎた通院~(東京地判平成26年5月15日)

事案の概要

X(43歳、女性)は、自家用の普通乗用自動車を運転して、国道を走行していたところ、Y1(当時58歳)が,Y2(Y1の勤める会社)が所有する事業用普通貨物自動車を運転して、国道沿いにあった「やまだうどん」の駐車場から本件国道に進入ししてきて、衝突された。
Xは、この事故により頚椎捻挫の傷害を負ったとして、Y1とY2に対して損害賠償を請求する訴訟を提起したが、Xが頚部痛を訴えて整形外科を受診したのは,事故から4か月以上が経過した後であり、Xは8年前に頚椎後縦靱帯骨化症の手術を受けたことがあった。

<主な争点>
Xは、事故によって頚椎捻挫の傷害を負ったといえるか(因果関係)。

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 2万1880円 0円
通院交通費 3360円 0円
休業損害 82万4117円 0円
文書料 740円 0円
通院慰謝料 102万2000円 0円
弁護士費用 18万7210円 0円
合計 205万9307円 0円

判断のポイント

通院開始時期

Xは、受診が遅れた理由として、事故の1~2日後から首の付け根辺りに違和感を覚えるようになったので、病院に行こうと思っていたが、①アパレル店で接客の仕事を始めたばかりであり,午前8時~午後12時まで勤務する日が何日も続いていたこと、②事故から約2ヵ月後、仕事は落ち着いたが、夫の母親が入院したため、看病のための病院通いが約1か月続いたこと,③事故から3~4ヶ月後には,父親が入院したため、片道1時間以上かけて病院に通わなければならなかった(父親は約3週間で退院)と説明しました。

しかし、裁判所は、Xがそう言っているだけで、その事情を裏付ける他の証拠を何も出さないから、Xの言っていることだけを証拠に①~③の事情があったと認めることはできないと判断しました。
加えて、裁判所は、仮に①~③の事情があったのだとしても、Xが4ヶ月以上も病院を受診する時間が全くなかったなんて考えられないから,「本件事故の1~2日後から首の付け根辺りに違和感を覚えるようになった」というXの言葉も信用することができないとしました。
そして、他に、この事故によってXが頚椎捻挫の傷害を負ったことを認めるに足りる証拠が出ていないことから、Xがこの事故によって頚椎捻挫の傷害を負ったとはいえないと判断したのです。

交通事故の加害者側に怪我に関する損害賠償を請求していく場合、怪我と交通事故との間に“因果関係”があること、つまり“その怪我がその事故のせいで生じたといえる”必要があります。
この因果関係を示していくためには、事故後、痛くなったらすぐに病院に行き、お医者さんに診察してもらって、その症状を診断書に残してもらうことが非常に大切になってきます。
事故から時間が経つほど、「その痛みは、事故とは関係ないのでは?」を思われやすくなってしまうということですね。
ただ、交通事故に見舞われた方は、突然のことにびっくりしてしまっていてすぐには痛みなどを感じないケースも多くあります。
そのような場合、事故直後ではなくても、痛みや違和感を感じたらすぐに病院に行きましょう。
この事案でも、Xが、事故から数日経って首に違和感を感じ始めてからすぐに病院に行って診断書を書いてもらっていれば、結論が変わった可能性が高いです。

また、この事案では、Xに、“既往症”、つまり“事故前からあった怪我や病気(すでに治っているものも含みます)”として頚椎後縦靱帯骨化症の手術を受けていたことも裁判所に注目されています。
首の痛みの原因になりそうな病気をして手術を受けたことがあるということで、事故のせいで痛くなったのではないんじゃないか?という疑問をもたれてしまったということです。
もっとも、既往症があるだけで、ただちに因果関係が否定されるわけではありません。そのほかにも、痛みが生じた時期や、お医者さんの見立てなど様々な事情が考慮されるので、既往症があるからといって諦める必要はないのです。

さらに、裁判では「証拠」が非常に重要になってきます。
たとえ本当のことであっても、証拠がなければ、事情を知らない裁判所は、それが本当だと判断できないのです。
これは、加害者の入っている保険会社との交渉の際にも同じです。保険会社も証拠がなければ動いてくれないことが多いです。

どういう風にしたら“事故のせいで生じた怪我”だと認めてもらえるのか、既往症があるけれど損害賠償請求できるか、どういうものが証拠になるのか、専門家でないと判断が難しい場合もあります。
そんなときは当事務所の弁護士にご相談ください。
つらいお怪我と交通事故との因果関係が認められて、適切な損害賠償ができますように、お手伝いさせて頂ければ幸いです。

閉じる
交通事故
下肢
9級
併合

自賠責非該当の左足関節機能障害について10級10号を認めた裁判例【後遺障害10級10号】

自賠責非該当の左足関節機能障害について10級10号を認めた裁判例

事案の概要

交差点を自転車で進行中のXが、左方一時停止道路から進入してきたY運転車両に衝突され、頚椎捻挫、左第5中足骨骨折等の傷害を負ったXが、Yに対し損害賠償を求めた事案。
Xの右肩・肘関節疼痛については、自賠責保険から、局部の神経症状として後遺障害14級9号の認定を受け、左足の関節機能障害については非該当との認定を受けていた。
Xは、裁判において右肩関節について10級10号の、左足関節について10級11号の関節機能障害がそれぞれ生じているとして併合9級を主張していた。

<主な争点>
右肩・左足の関節機能障害の後遺障害等級

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 106万9224円 106万9224円
通院交通費 42万4480円 42万4480円
通院看護料 15万0920円 15万0920円
休業損害 230万5888円 125万8111円
通院慰謝料 193万7000円 120万0000円
逸失利益 1631万7170円 1258万7531円円
後遺障害慰謝料 690万0000円 510万0000円
小計 2910万4682円 2179万0266円
過失相殺(1割) ▲217万9026円
既払金 ▲422万6216円 ▲422万6216円
弁護士費用 240万0000円 154万0000円
合計 2727万8466円 1692万5023円

判断のポイント

右肩の後遺障害について

(1)Xは、右肩の神経学的検査やMRI画像所見から、右肩腱板損傷が生じ、それにより右肩の関節可動域が左肩の可動域角度の2分の1以下に制限されているとして、10級10号の関節機能障害に該当すると主張しました。
(2)しかし、裁判所は、事故からまもない時期に作成された診断書に右肩に関する傷害の記載がなく、その際に画像撮影も行われていないこと、診療録上は腱板損傷を窺わせる記載や画像所見の記載がないことなどの理由から、右肩腱板損傷の存在を否定し、右肩に生じている可動域制限と本件事故との因果関係を否定しました。
そのうえで、右肩・肘関節の疼痛については、自賠責保険の認定どおり、14級9号と認めました。

左足の後遺障害について

(1)Xは、左足関節自体は骨折していないものの、左第5中足骨骨折による内出血が原因で長期間腫れが生じ、軟部組織が炎症を起こすなどして生じた癒着状態が関節機能障害の原因となっているとして、10級11号の関節機能障害に該当すると主張しました。
(2)この点について、裁判所は、まず、事故直後に左足に長期間腫れが続き、内出血が生じていた事実を認定しました。そのうえで、関節拘縮の発生機序に関する医師の詳細な意見書に基づき、Xの左足に認められる関節拘縮による可動域制限は、左足の腫れや内出血による関節組織周辺の筋短縮や血流障害等の器質的原因によるものであると認めました。これに加え、事故態様からもXの左足はかなりの衝撃を受けたと認められるとして、本件事故との因果関係も認め、Xの主張どおり、10級11号の後遺障害等級を認定しました。

コメント

本件では、右肩の後遺障害については、Xの主張する腱板損傷は否認されましたが、左足の後遺障害については、関節拘縮による可動域制限が認められ、10級11号の認定がされました。
裁判所がこのような認定に至るうえで、特に重視されたのは、医師の意見書だと思われます。
医師の意見書は、その医師の医学的な知見に基づいて、患者に生じている症状が、どのような原因で生じていると考えられるものなのかや、その発生メカニズムなどを、合理的な説明を交えつつ、作成されるものです。その内容が説得力を有するものであればあるほど、証拠としての価値も高く、後遺障害の認定判断において重視されると言えるでしょう。
本件についていえば、長期間の腫れや内出血が原因で可動域制限を伴うような関節拘縮が生じるかどうか、という点がポイントになっていたものと思われます。この点について、X側の提出した医師の意見書では、関節拘縮の発生要因として、腫れや内出血等、皮膚、皮下組織の異常を挙げており、また、関節拘縮の生じるメカニズムについても、詳細な説明がなされていました。
そして、裁判所は、この意見書の内容に依拠し、Xに事故後長期間にわたって腫れや内出血が生じていたという事実に基づき、関節拘縮による可動域制限を認定したのです。
このように、医師の意見書は、裁判所が後遺障害等級の認定判断を行うにあたって参考にされるものとして、とても大きな役割を持つものであるため、被害者側としては、充実かつ説得力のある内容の意見書が得られるか否かが重要になるのです。

本件のように、自賠責でも認定されなかった後遺障害等級を裁判所から認定してもらえるケースは、それほど多くはありません。しかし、裁判所は、自賠責の判断には拘束されずに判断するので、しっかりとした意見書などの証拠が得られれば、自賠責で認定されなくとも、適切な等級認定が得られる可能性があるのも事実です。後遺障害等級の認定について悩まれている方は、まずは弊所まで一度ご相談ください。

閉じる